子供大好きRUKAの雑記帳
by RUKA
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カテゴリ:ニュースの話( 30 )
必要と不要
c0039181_11235795.jpg毎日報道される事件のニュース記事を見ていて、こんなことをふと思った。

もし本当に神というものがいたとして、ある日、神がこの世の悪人を一掃したとする。
神が気合とともに念を放つと、地球上のありとあらゆる悪人が一瞬にして消え去った。

もしそうなったら、はたして人間の数は何分の一になるのだろう?
最も減少率の多い国、少ない国はそれぞれどこだろう?

ただこの場合肝心なのは「悪人」の定義だ。
自分勝手な理由で他人に損害や危害を与えた者は当然、悪人だろう。
やってはいけないことを、そうとわかっていてわざとおこなう者も悪人だろう。

だがこの世の中、良いことと悪いことどちらか一方しかしないという人はほとんどいない。
犯罪を犯さなくても、他人に迷惑をかけてしまうことは誰にでもある。

だからこれまで他人に尽くした数よりも、他人に迷惑をかけた数のほうが多い人も「悪人」とする。
他人にわざと迷惑をかけ続けていれば悪人。

このような定義で神が大掃除を決行すれば、地球はある程度は平和になるのかもしれない。
しかし残った人間からすぐにまた悪人が生まれるだろうし、気休め程度にしかならない。

この世の中、まったく他人の役に立っていない人がいる。
そういう人は自分で自分のことをゴミ・クズと自虐したり、他人からゴミ・クズ呼ばわりされることもある。

しかし役に立っていないだけなら、生きているだけでもそれは価値あることだ。決して不要ではない。
命を途中で終えることなく全うすることは、この世に生まれた者としての道理だから。

この世に本当に不要なのはゴミやクズではない、毒だ。
他人に迷惑をかけている人間は、毒を吐いているとも言える。

そういう意味では先ほど言ったような神による悪人一掃は、掃除ではなく「消毒」といったほうが良いのかもしれない。

私もいつかゴミやクズになる日が来るだろうが、それはそれで仕方がない。
だが毒にはなりたくない。なってはいけない。
だからやるべきことを見極める。
無害なゴミクズとなるために。
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by rukachas | 2017-03-25 11:28 | ニュースの話 | Comments(0)
隠すべきか隠さざるべきか
c0039181_19545519.jpg各都道府県の警察では昨今の防犯意識の高まりを受け、街で起こった事件や注意が必要な事案をメールマガジン等で配信している。
各地域のどこでどんな事件、または不審な出来事があったことを知らせてくれるサービスだ。

私は地元の埼玉県警が配信しているメール「犯罪情報官NEWS」を受信して読んでいるが、その中の子供に関する記事のいくつかは自分のTwitterでも引用し、フォロワーに紹介している。
地元の人には、発生場所が近所であった場合は注意してほしいし、それ以外の人にも内容を知ることで防犯意識を高めてほしいから。

埼玉県警からの情報だけでも、子供が被害に遭う事案は毎日数多く報告されている。
一県だけでこうなんだから、全国では数え切れないほどの不審者がそれこそ分単位で発生していることになる。それだけこの日本に子供の敵が増えたということか。

事案の内容をよく読んでみると、これはべつに問題ないだろう...と思うようなものもたまに見受けられるが(児童に道を訊く60歳代の男が出没...などの内容)、9割以上の事案は実際に犯罪と呼べるものであり、通学路における児童の安全確保を真剣に考えさせられる。

突然殴られた、卑猥なことを言われた、車に乗るように言われた(誘拐?)、体を触られた、勝手に写真を撮られた等々、日々起きている事案は様々だ。
私はこの防犯メールで情報を得るまでは、最も発生件数の多い事案は「痴漢」だろうと思っていた。昔から通学路には「チカンに注意!」と書かれた看板が掲げられていたのだから。

しかし実際の1位は痴漢ではなかった。痴漢事件も決して少なくはないが、最も多く発生しているのは「下半身の露出」であった。なんと不審者情報の3分の2以上を露出の事案が占めている。
つまり露出魔とか露出狂と言われる人間が、1年を通じてあちこちの通学路に湧いて出ているということ。

「○月○日午後○時ごろ、○○市○○町○丁目にて、女児に対して下半身を露出する男(○○~○○歳、○色ジャンパー、○色ズボン)が出没しました。お子さんが被害に遭わないために・・・(以下略)」という記事が毎日数件は届く。
「あれ、このメールさっきも来なかったっけ?」と思ってもよく見ると発生場所が違っていて、同じような事案が県内で同時多発的に起きているようだ。
メールで配信されなかった事案も含めると相当な数の露出狂が出没していると思われるが、逮捕したという情報は滅多に来ないので、意外と野放しなのかもしれない。(現行犯逮捕が難しいという意味で)

それにしても犯人はいったい何が目的でこんなことをしているのだろう?
子供が慌てて逃げる様子が面白いのだろうか?それともいわゆるサプライズ的な感覚なのだろうか?
たとえば親が子供にビックリ箱を開けさせたり、怖いものを見せてからかうことがあるが、それと同じく、子供を驚かせることに面白みを感じているのだろうか?
あるいは自分の下半身に妙な自信を持っていて「どうだスゴイだろう!」という自慢の意味で見せているのだろうか?

しかし見せ付けられた子供は悲惨だ。そんなことをされて気分が良いわけはない。
今どきの子供で大人の裸を見たことがない子は稀だと思うが(親とも入浴するので)、そんな子でも道で露出している人に出会えばそりゃあ驚き、逃げるだろう。

だがそれは見たモノに驚いたのではなく、外で露出するような頭のおかしな人の出現に驚いたのだということを犯人は肝に銘じるべきだ。
そうすれば自分が思い込む上下関係が逆転し、妙な優越感などいとも簡単に崩壊する。そうでなくとも、いずれは自分の人生が崩壊することになるだろう。

街なかで子供に向かって下半身を露出して良いわけがない。
露出が許されるのは人形か彫像くらいなものだ。たとえばミケランジェロの名作「ダビデ像」や世界中で愛されている「小便小僧」は、むしろ隠さないその姿ゆえに人々を魅了しているといえる。
何故なら人の姿や性器そのものに罪はなく、それをどう使うかという意図こそが重要だからだ。

最近どこかの市で、公園に設置されたダビデ像の股間を隠せと言った市民がいたらしいが、その人にとってはあのダビデ像が道端の露出狂に見えるのだろう。
木を見て森を見ず、チンを見て歴史を見ずといったところか。ある意味、通学路の露出狂と同じ意識を持っている人なのかもしれない。

所かまわず露出する犯人然り、ダビデ像に猥褻感を感じた市民然り、人間の身体もずいぶんと安く見られたものだ。
これからの子供たちは、人間としての自分の「姿」に価値を見出し、そのうえで自分の「行為」に責任を持つ大人へと育ってほしい。
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by rukachas | 2013-02-24 19:54 | ニュースの話 | Comments(0)
義援金の募金
c0039181_1633247.gif

当サイトのトップページに「東北地方太平洋沖地震」の義援金の募金に関するリンクを置きました。
このブログにも募金情報を書き並べてみようかと思ったんですが、それらの情報をまとめているサイトがすでにあるので、そこを紹介したほうが良いだろうということで、ここでは簡単に...。

募金情報まとめ - 平成23年東北地方太平洋沖地震

上記まとめサイトでは、募金をしている団体や企業、募金箱設置場所等の情報を掲載しています。
ぜひ募金にご協力をお願い致します。
また、さっそく発生している「募金詐欺」に関する注意事項も載っていますのでお読みください。

助ける人、協力する人、無関心な人、悪事をおこなう人、こんなときでも人間は様々ですが、いつ自分が助けを求める側になるやもしれません。

災害に対する心構え、普段からの心がけ、そして人々への心づかい。
心しておきましょう。
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by rukachas | 2011-03-21 16:04 | ニュースの話 | Comments(0)
不確かさへの確信
キリスト世界中で目撃されている空飛ぶ円盤。これは主にUFO(ユーフォーまたはユー・エフ・オー)と呼ばれているが、非常に良い呼び名だと思う。何故ならUFOとは「Unidentified Flying Object」の略で「未確認飛行物体」という意味。つまり「何なのか確認されていない飛行物」ということ。

その円盤を間近で確認し、捕獲して、調べあげて「正体はこれでした」となればもうこの名称は使えない。宇宙人が乗っていたなら「エイリアンクラフト」、未来から来たものなら「タイムマシン」と呼べば良い。
だが、少なくとも半世紀近くもUFOという名称を使い続けているところに、UFOというものの本質があるような気がする。

イギリスのテレグラフ誌の先月26日の記事によると、ブルガリアの政府機関「科学アカデミー宇宙リサーチ研究所」が「宇宙人はすでに地球に来ていて、我々を観察している」と発表したそうだ。
Aliens 'already exist on earth', Bulgarian scientists claim

宇宙リサーチ研究所の次長、フィリポフ氏が語ったそうなのだが、政府機関が堂々と明言したのだから、きっと世界中の宇宙人地球来訪肯定派のみなさんは「やっぱり!」と喜んだことだろう。
数ヶ月前にも、オバマ米大統領が宇宙人の存在を発表するのでは?という噂が流れたが、どうやら地球外生命体がこの地球にやってきて国レベルで関係しているという話は、UFOに夢を持つ人にはもはや絵空事ではないらしい。

しかしちょっと待ってほしい。ブルガリアの政府機関だろうがアメリカのNASAだろうがどこでもかまわないが、国民に対して宇宙人来訪を発表すればそりゃあ信じる人もいるだろう。
だがもしそのとき「これは事実だ!なぜなら私がその宇宙人だからだ!」と言ったら、それでも信じる人の数は変わらないだろうか?

「私が宇宙人だ」と語る人を見てしまうと、人々はその話を急に信じなくなってしまう。霊がテレビに出演して「じつは私、幽霊なんです」と語るのも同じこと。
それはどちらも「不確かなものを信じる」というパターンから外れてしまうから。

宇宙人は我々そっくりに姿を変え(またはもともと同じ姿をしていて)すでに人間社会に紛れ込んでいる、というのはよくある話だし、映画でもお馴染みの設定。
そして死んだ人間の霊魂が成仏できずに我々の周りを漂い、写真に写ったり(心霊写真)人に取り憑いたり、というのもよくある話。

しかし、目の前でマジックを見せられてもそれを魔法だとは思わない現代の人々が、普通に行動し普通に接し、ときにおどけてみせる宇宙人や霊を見ても、「らしくない」と突っぱねるのがオチだ。たとえそれが本物の宇宙人や霊だったとしても、あからさまになればなるほど人々は冷めていく。

人間は何千年ものあいだ神を信仰してきたが、もし神に固有の姿があり、太古の昔から人々と普通に接してきたとしたら、人々は神以外に不確かなものを見つけ、それを神と崇めるだろう。人間とはそういうものだ。
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by rukachas | 2009-12-02 23:23 | ニュースの話 | Comments(0)
手から手へ、心をのせて
手今月初めニュースサイトで「コンビニで店員にレシートを渡されたことに激怒し、店側に謝罪を迫った男がいた」という記事を読んだとき、世の中にはおかしな人がいるものだと思った。
ところがどうやら世の中には、レシートを渡されたくないと思っている人も結構いるようだ。それを反映してか、最近のコンビニは客が要求しないとレシートを渡さないところも増えている。

私はコンビニで買い物をしたとき、お釣りだけが返ってきたり、ちょうどの代金を支払ったときにそこで完結してしまうと「あれ?」と思うことがある。
私はレシート渡されたい派であり、それが店の当たり前の行動だとずっと思っていたからだ。

レシートにはそのとき買った物の名前と値段、買った時刻や対応した店員の名前まで書いてあるので、家計簿を付けているとか、行動の記録としてあとから見直す人には必要な物だろう。

だが私は受け取りはしたいが、いらない派と同じくレシート自体はまったく必要としていない。家に帰ったらすぐにゴミ箱に捨ててしまう。
「それじゃもらう意味ないじゃん」と思うなかれ。必要だからもらう、必要ないからもらわないという単純なことではない。

私は物を他人へ手渡したり、他人から手渡されたりすることがとても大好き。そしてこれは太古の昔から、人間にとって大切な行動のひとつではないかと思っている。
その物が必要かどうかではなく、その行為が必要かどうかで考えてみると、また別な生き方が見えてくる。

2ヶ月前に私の叔母が亡くなり、娘さんから叔母の遺品が私のところにも届いている。母はそれを選別し、兄妹らにも配った。
叔母の姪である私の妹に、私が「叔母さんの遺品、どれでも良いから持っていきなよ」と言うと、妹はこう答えた。「え〜いらないよ。だって使わないもん!」

節約だ、省エネだと無駄を省こうとする世の中。使えるか使えないかで判断される世の中。合理的と言えばそれまでだが、少し寂しい気がする。
人から人へ物が受け渡るのは、ただ物質が移動しているだけではない。渡そうとする心、受けようとする心がもっと尊重される世の中になるべきだと、そう思った。
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by rukachas | 2009-10-22 21:10 | ニュースの話 | Comments(0)
連れ去り事件に思うこと
女児今月10日午後1時35分ごろ、大阪府堺市の路上で下校中の小学校低学年の女児が20〜30歳くらいの男に車で連れ去られるという事件があった。

女児の母親が、男の車に乗っている女児を見つけて救出しようとしたところ、男は車を急発進させて女児を乗せたまま逃走。女児は少し離れた場所で解放され自力で帰宅したが、男はまだ捕まっておらず、警察が未成年者誘拐事件として捜査している。
「男が女児を車に乗せ一時逃走」 産経ニュース iza

男は下校中の女児に「写真を撮らせてくれ」と声をかけて撮影し、そのあと女児を追いかけて車内に連れ込んだらしい。
こういうバカがいるから、子供たちだけで登下校ができなくなったり、通りすがりの挨拶がなくなってしまったり、知り合い以外を極端に警戒するような世の中になってしまうわけだ。

どうしてこのような人間が出現するのか?
ひとつ思うのは、こういう人間は子供を勝手にキャラクター化してしまうのではないだろうか?

通常の人間ならば子供を見れば、その子の親や兄弟など、その子を支える周りの人のことも頭に浮かぶはず。
しかしこのような事件を起こす者は、子供をひとつのキャラクターとしてしか捉えないために、「手に入れる」「好きにする」という勝手な考えに及ぶのではないだろうか?
ちょうど、アニメオタクが萌えキャラクターに対し「○○は俺の嫁」と言っているのと同じように、その子を脳内で自分のモノにしてしまう、ということ。

アニメの場合は架空のキャラなので問題はないが、実在の子がそう思われてはたまらない。
数年前にも、家出した小6の女の子を1週間自宅にかくまって逮捕された者がいたが、子供を見たときにその子の家族や人間関係が頭に浮かばない人は、結構多いのかもしれない。

子供を脳内で理想のキャラクター化してしまうような人間は、簡単に言えば人間関係のつながりを理解する能力に欠けているのかもしれないが、もうひとつ、子供に対する理解度(知識)が足らないとも言える。
いくら子供が好きでも、子供に対する感情は萌えだけではダメで、良い面だけでなく悪い面も含めて興味を持たなくてはダメ。自分の好みに当てはめたキャラクター化は、子供の私物化という弊害を生む。

子供との接点が少ない者ほど、子供への理解度も少ない。だから人間は若いときから子供のことを色々と知る必要がある。
それは親による子供への虐待事件も然り。子供への虐待も、子供に対する理解度の少なさがひとつの要因としてある。
虐待する親とイタズラ目的で連れ去ろうとする男を同じ要因だとまとめるのは、一見無理があるように思えるかもしれないが、じつは根底にあるものは同じであるというところに、両方の問題の根深さがある。

とにかく、親による虐待事件にせよ変質者によるイタズラや誘拐事件にせよ、若い頃から子供を十分に知ればそんなことを起こす人間にはならない。
私が若い人たちに子供全般に興味を持って会話をしてほしいと願いのは、そんな理由があるからだ。
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by rukachas | 2009-07-13 20:20 | ニュースの話 | Comments(0)
冤罪
電車私は電車に乗るのが苦手。これでも若い頃は電車通勤していたくちだが、ラッシュ時の窮屈さと息苦しさ、そしてあのなんとも言えない抑圧感が苦手だった。
その後、もう20年以上も電車通勤していないせいか、今ではさらに電車に乗るのが苦手になってしまった。しかも最近は痴漢冤罪の事件も多く、ひと事とは思えない。

先月の14日、電車内で痴漢をしたとして1審2審で有罪判決を受けた大学教授が、最高裁判決で無罪となったというニュースがあった。
被害者の女子高生の供述に信用性がないとして、教授の無罪が確定したのだが、痴漢事件から3年の歳月を費やしたこの教授の心労は如何ばかりだったろうか。ひどい話だ。

私は5歳の時、痴漢に間違われたことがある。といってもそんな大それたことではないが、母親と夕方、バスに乗っているときのこと。母は真ん中あたりの席に座り、私は前のほう、運転手の後ろあたりに立っていた。
私が手すりをつかんでその手をスルスルとスライドして遊んでいたら、ちょうどそこに女性が手すりにお尻をくっつけて立っていたため、私の手の甲と女性のお尻が触れていたらしいのだ。

なにせ幼い子だからなんの悪気もなくそのまま手を動かして遊んでいたのだが、その女性は突然振り向くと私をキッと睨みつけてこう言ったのだ。「あんたなに触ってんのよっ!」
私は見ず知らずのオバサン(お姉さんだったかもしれない)から突然怒られて、ビックリしてしまった。当時は怒られた理由など見当もつかなかったが、成長してから思い起こして「ああ〜なるほど」とわかった出来事だ。

こんな、痴漢などするはずのない幼い子(しかも母親もそばにいるのだから)に対しても、自分が痴漢されたと思い込むほど自意識過剰な女性は決して少なくはない。
そばにいて手が触れてしまったのが中年の男性だったら、決して言い逃れはできないし、もしカバンや傘が偶然に当たったのだとしても、女性が「痴漢された」と訴え始めたらもう男は逃げられない。世にも恐ろしい痴漢冤罪の発生だ。

男性が女性を指差して「この人痴漢です!」と言っても、おそらく周りの誰もが真剣には取り合わないだろう。女性が否定したらそこで終わってしまうこと。
ところが男性の否定は弁解と受け取られ、痴漢が事実であるとの前提で事が進められてしまう。

大学教授の件では、被害者の女性が嘘をついたとは思わない。だが、根拠のない思い込みや、あるいは早く終わりにして忘れたいという思いから、供述時に自分勝手さが露呈してしまったのかもしれない。

また昨日のニュースでは、1990年に4歳の女児を殺害したとして無期懲役が確定した元幼稚園バス運転手のDNA再鑑定の結果、DNA型が一致しなかったという報道がなされた。この事件も冤罪の可能性が限りなく高くなったわけだ。

痴漢とされた大学教授の場合も、殺人者とされた元幼稚園バス運転手の場合も、真の犯人は自分が捕まらずにホッとしている。そこを見逃して良いはずはない。
安易に冤罪を作り上げてしまう背景には、痴漢する者が自分のことしか考えないのと同じように、被害者も警察も自分たちのことしか考えていないという図式があるからではないだろうか?

ウソ発見器(ポリグラフ)といえば容疑者への取り調べでお馴染みの機械だが、公正を期すためには被害者や目撃者、はたまた捜査する警察関係者に使うことも時には必要なのかもしれない。
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by rukachas | 2009-05-09 20:52 | ニュースの話 | Comments(0)
しつけと虐待 優しさと甘やかし
母子1ヶ月も前の記事だが、アメーバニュースの3月15日の記事。ある主婦が「Yahoo!知恵袋」に書き込んだ記事に賛否両論がわき起こった、というニュース。
「子供がうるさいのは当り前、注意される筋合いない?」

ことの発端は、バスの中で自分の子供が泣きだしたときに乗客の中年男性から「うるさい!黙らせろ!」と注意された主婦が、Yahoo!知恵袋に「子供がうるさいのは当たり前、注意するのはおかしい!」と書き込んだことから始まる。
「うるさいのが当たり前だと言って放っておくのは親として無責任」という意見が大多数なのに対し、この主婦は「子育てをしたことがない人は回答しないで欲しい。・・・私は注意するのは絶対におかしいと考えているだけです。・・・子供にうるさいと言う人が許せないのです」と答えている。

私はこのニュースとYahoo!知恵袋の実際の投稿記事を読んで、ハッキリとこう思った。「注意した中年男性も愚かなら、この主婦もかなりの愚か者だなと」
まず注意した男性だが、バスの中とはいえ、その子供はふざけて走り回ったりイタズラをしているわけではない。泣く理由があって泣いているのだ。「どうしたの?」「我慢しようね」と話しかけるとか、親に「泣き止ませた方が良いですよ」とやんわりと話せば良いのに「うるさい!黙らせろ!」だなんて、言われたほうがカチンと来るのは当然。
子供が泣いている理由を考慮しないこの男性の行動はてんでなっていない。

だがこの主婦もまるでなっていない。子供が泣いている場所を考えるべき。泣き声で迷惑をしている人がいるのだから、親として子供に言ってきかせるなり、たとえ泣き止まないとしても泣き止ませる努力をするべきだ。
それを「子供がうるさいのは当たり前、注意するのはおかしい!」と堂々と言い切るとは、しつけを放棄しているバカ親と言われても仕方がない。

子育ては、怒鳴って威圧するのではなく「諭す」のだ。甘やかすのではなく「優しくする」のだ。この男性は諭さずただ怒り、この主婦は優しいのではなくただ甘やかしているだけ。
どちらも子供のためを考えていない大人、ということになるが、直接子育てをしているだけにこの主婦の行動のほうが問題としては大きい。

親の中には、しつけと虐待の区別、そして優しさと甘やかしの区別がついていない者がいる。
事件報道で話題にのぼる「しつけと称した体罰」は、じつは「気分任せの虐待(イジメ)」であり、また、子供をまるでペットのように愛玩する親も、愛情を与えているようでじつは「気分任せの甘やかし」であることが多い。

子供を虐める親も子供を甘やかす親も、どちらも親としては失格だが、そういう親ほど得てして前述した主婦のように「子育てをしたことがない人は回答しないで欲しい」という意識を持っているものだ。
しかしこのような意識が、子育てにおける井の中のカワズ状態を作り上げている。子育ての外側から見える客観的な意見を無視して、正しい子育てはできはしない。

子育ての苦労はたしかにあるが、子供から得るものも大きい。良い子を育て上げるためにも、子供に詳しい人の意見を聞き、子供の意見も聞き、将来の我が子の身になって子育てをしよう。それが自分の幸せのためでもあるのだから。
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by rukachas | 2009-04-17 22:17 | ニュースの話 | Comments(0)
ニュース報道のあり方
ニュース1月20日におこなわれた第44代アメリカ大統領就任式では、オバマ大統領の力強い演説で、多くのアメリカ国民が勇気づけられたことだろう。連日、暗いニュースばかり流れていた昨今、久々の大規模な明るいニュースだ。

日本では年明け早々から、やれ不況だやれ失業だという暗いニュースばかりになっている。
不況だ不況だとまるで不安を煽るかのように何度も放送するから、視聴者の気分も落ち込み、購買意欲も低下する。こうした、マスコミの報道の仕方が、不況の悪循環を招いているということはないだろうか?

普段は「他人の不幸は蜜の味」と思っている人間でも、自分に関係する悪いニュースならそう何度も見たいとは思わないはず。報道することは大切だが、視聴者にうんざりと思わせる報道は、どこか伝え方を工夫する必要があるように思う。

伝え方といえば、成人式の時期になると毎年繰り返される、一部の新成人の醜態を伝える報道や、違法運転の若者や暴走族をとりあげたドキュメンタリーも、テレビで放送するから後を絶たないんだという意見もある。

私もそう思う。成人式のニュースで、ふざけた連中を一切放送しなければ(撮影もしなければ尚良し)たぶん次の年から醜態をさらす者はかなり減るだろう。
違法運転を繰り返す若者をパトカーが追うという映像も、追う警察にはなれないが追われるヤツにはなれるとばかりに、そっちに憧れを持たせてしまう。オレなら上手く逃げ切るという、何の根拠もない妙な自信とともに。

彼らは大人になりきれないというよりも、自ら脳の成長を止めているのだ。成人しても頭の中が幼児並みの者は、テレビの報道する意味など考えもしない。ただ目の前に映った映像のインパクトでのみ思考し、行動する。
だから報道にとって映像は「副」でなければならない。「主」はもちろん物事の核心だ。

テレビ番組は過去に数々のヤラセをおこなってきたが、報道もまた然りで、一部のマスコミは悪を仕立てあげることさえしてきた。
予め暴走族に頼んで暴走行為をしてもらい、さも遭遇したかのように報道したり、ネットのウソブログを暴くという名目で、じつはそのウソを仕込んでいたり。

これらは視聴者がテレビ報道に対して、表面的な(映像的な)情報ばかりを求めすぎた結果、もたらしたことだと思う。映像は真実を伝えるが、何の真実であるかを偽るのは十分可能だ。
「暴走族の映像が撮れなきゃ困るんだよ!」「ウソブログを映さなきゃ困るんだよ!」現場の苦労はわかるが、ヤラセは絶対にいけない。

国民には知る権利があり、マスコミには報道する義務があるが、まるで個人のブログのようにネタ探しに躍起になっている最近のマスコミを見ると、国民を扇動するほどのかつての影響力はどこへやら、まるで視聴者の太鼓持ちのようだ。

何を報道するかではなくどのように報道するか、また我々も、何を知るかではなく何を感じるかが大切であると、つくづく思う。
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by rukachas | 2009-01-22 18:54 | ニュースの話 | Comments(0)
働く理由
大赤字3ヶ月どころか4ヶ月近くも中断してしまったこのブログ。今日からまた不定期にだが、思うことを書いていこうと思う。

世はまさに世紀末的な大不況。寒空の下、大勢の失業者たちが広場や施設に集まっているが、どの人もみな本音を言えば、仕事が欲しいのではなく金が欲しいのだ。
テレビのニュースで見たが、ある地方巡業を生業としている劇団が、職がなく途方にくれている人たちのために社員募集をおこなったそうだ。ところが、給料が月3万円ほどだと聞かされると、面接に来たほとんどの人が考え込んでしまったらしい。

つまるところ、どの人も求めているのは仕事ではなく、それなりの収入だ。あれほどいる失業者の中に、住み込みのボランティア活動(いわばタダ働き)でも良いという声がまったく出てこないことからもそれがわかる。
先ほど言った劇団も、劇団員としてお客のために奉仕すれば、住むところが確保され食事も支給される。たとえ給料がまったくなくても生活していける状況だ。しかし皆それなりの収入を求めているから、このような職は視野にないわけだ。

失業者が求めているものは金なのだから、人件費を削減したい企業にいくら努力を迫っても無駄なこと。国は、それなりの収入を求めている人と、給料が安くても(無くても)人のために働ければ良いという人とを分けて対策をとるべきだろう。
つまり、受け皿を確保するだけでなく、人材に見合った受け皿を作っていくことが得策ではないかと思う。

定額給付金の支給問題も迷走している。自民党は景気回復のため、国民に使ってもらうために所得制限を設けず全員に配ると言っているが、金持ちは1万そこそこの金などもらわなくても使うときは自分の金を使うし、失業して困っている者には足しにもならない。
借金の返済の一部に当てても景気回復のために使ったことになるのだろうか?

私はなにも、定額給付金の支給をやめてその分を失業者へ、と言っているのではない。ただ、一時しのぎにしかならないような景気対策よりも、企業に依存しない受け皿の確保(または確立)に使ったほうがより前向きではないかと思うからだ。

仕事というものが目的の人もいれば手段の人もいる。大企業から首を切られた多くの失業者たちも然り。だが大企業にとっては従業員は手段でしかない。だから崩壊が始まった。双方が手段であればなおさらだ。
ウシ年の今年、牛の「はんすう」のようにもう一度吐き出して噛み直してみないと、この問題はとても消化できそうにない。
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by rukachas | 2009-01-10 17:56 | ニュースの話 | Comments(0)