子供大好きRUKAの雑記帳
by RUKA
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カテゴリ:懐古の話( 15 )
ブラックテレホンナンバーワン
c0039181_20271018.jpg現代は子供からお年寄りまで、誰もがなんらかのストレスを抱えている。
もちろんいつの時代もストレスはあるが、生活が便利になった代償としてのストレスは現代人のほうがはるかに多いのではないだろうか。
その最たるものが、他人への連絡が気軽におこなえるようになったことによる、束縛というストレス。

学校や会社、サークル、友達付き合いに近所付き合いに親戚付き合い・・・そんないつも属している繋がりから解き放たれる時間があるからこそ、人は毎日リフレッシュすることができる。

ところが携帯電話やスマホが普及し、他人との距離がより近く確かなものとなったことで、その繋がりに束縛されることも多くなった。
しかもこれは決して繋がりが強固になったのではなく、繋がることのできる時間が増えただけのこと。
つまり軽い繋がりが24時間続くという、人間にとって心休まることのない生活になったわけだ。

現代は子供たちでさえ、LINE等で繋がる人間関係に気を張って生きている。
暇な人は相手も暇なんだと思い込み、忙しい人はその忙しさに他人を巻き込もうとする。
そんな自分勝手を助長したのが、携帯電話やスマホという個人から個人への手軽な連絡手段。

思い起こせば、離れている者同士で話ができるという文明の利器は、あの昔の黒電話こそが理想形だったのではないだろうか?
個人にかけるのではなく家にかけるという行為は、実際に訪問して会うという気持ちに近い。
だから気まぐれで夜中にかけるなんてことはなかったし、かかってくることもなかった。
最初に受話器を取るのが話す相手とは限らないため、まず挨拶から入る礼儀があった。

電話に履歴が残らないため、留守中にかかってきてもその事実を知らずに済み、気疲れもない。
いつでも繋がるわけではないと相手が思えば、便利屋と思われる可能性も低い。
とにかく、時間を束縛されるストレスは黒電話の頃はなかったように思う。

だから私のiPhoneは電話アプリのアイコンを通常は見えないところに隠し、一切履歴が残らないようにしている。
着信を画面上で知らせない設定にし(着信音は鳴る)、通知センターにもロック画面にも表示されない。
つまり昔の黒電話のように、iPhoneのそばにいなければ着信に気付くこともないし、後からそれを知ることもない。

着信拒否にすれば良いと思う人もいるだろうが、着信拒否はこちらから相手を拒絶していることになるので、黒電話とは違う。
あくまでも自分の時間の流れの中に入ってきて良いのは着信音だけ、という状態を作っている。

先日からこの設定にしたため、以前よりも休日のストレスを少しは減らすことができた。
つまり、より人間らしい休日を過ごすことができるようになったというわけ。
めでたしめでたし。(^ω^)
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by rukachas | 2016-10-13 01:29 | 懐古の話 | Comments(0)
35年前の粗品のタオル
今から35年くらい前、埼玉県大宮市(現さいたま市大宮区)の県道沿いに「オーディオセンター」という電器店がありました。
名前が店らしくありませんが、オーディオ製品専門に修理やサポート、販売をおこなっている小さな店でした。

当時中学生だった私はときどきそこに通い、高級オーディオ製品をいじったりレコードを持参して試聴したりしていました。
安いアクセサリー(今で言うサプライ製品)しか買わない中学生を手厚く出迎え、行くと必ず缶ジュースをくれた優しい店員さんがいたのも当時ならでは。

ある日、ちょっとした粗品をもらいました。
くじ引きをしたのか?何かを買ったときのオマケだったのか?すっかり忘れてしまって思い出せませんが、文具セットのようなものでした。
その中のひとつに小さく圧縮されている携帯用タオルがありました。小さな塊だけど水に浸すとタオルになるというあれです。

ガチガチに固まった状態でラッピングされていたので絵柄は見えません。
しかし水色の背景に青い線のイラストが描かれているタオルだということは、その状態からも見て取れました。

「これはイルカのイラストに違いない!絶対そうだ!もし違ってたらオレは死ぬ!」
中学生ならではの根拠の無い決め付けと、なんでもかんでも死と結び付けるアホな選択。

今すぐではなく大人になったら開けてみよう!数十年後に開けてみよう!と決めたタオルは、押入れの奥でじっとそのときを待つのでした。

c0039181_13544129.jpg

それから30年近く時が過ぎたある日、大掃除のときだったかな、この圧縮タオルを水に放り込むと現れたのはネコのイラストでした。イルカではなく。
しかしいい歳をした私には、タオルの絵柄がイルカじゃなかったことなどど~でもいいことでした。

それよりも、そこに描かれている「SANSUI」の文字に深い哀愁を感じました。
この粗品、SANSUIの販売促進用グッズだったんですね。

SANSUI(山水電気)といえば当時一世を風靡したオーディオアンプメーカー。とくにAU-D907 LIMITED は当時中学生の私にとっては憧れの製品でした。
ところが今やそのSANSUIも活動はほぼ停止状態、従業員数5人だそうで、かつての栄光はどこへやら。

あの当時、誰が現在のSANSUIを、いやオーディオ界を予想できたでしょうか。
圧縮されたタオルは水に入れれば元に戻りますが、時代は元には戻りません。
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by rukachas | 2013-10-02 19:38 | 懐古の話 | Comments(0)
テレビ界に必要なのは昭和の優しさと低俗さ
テレビ前回の記事で「PC利用時もテレビ番組をもっと見よう!」とは言ってみたものの、昨今のテレビ番組がつまらないのは相変わらずだ。
私もKeyHoleTVを使ってデスクトップの端に小さく映し出してはいるが、食い入るように見たくなる番組はほとんどなく、もはやBGV(環境ビデオ)と化している。

しかも番組中に流れるCMの多いこと多いこと。もはや番組よりもCMのほうが目立っており、「この番組は◯◯の提供でお送りします」というナレーションを「このCMは◯◯(番組名)の提供でお送りします」と言い換えたほうが良いのではないかと思うくらいだ。

夜、ふとテレビのスイッチを入れる。サラ金、パチンコ、保険、公共広告機構のCMがとくに目立ち、まるで洗脳するかのように繰り返し流される。
長いCMタイムがやっと終わったら、始るのはお笑い芸人の内輪ウケでもたせるトーク番組。食べ物を紹介し、芸能人が飲み食いする番組。アイドルがわざとわからないフリをするクイズ番組。誰が恋した別れたなどの他愛もない芸能情報。ニュース番組でさえ、芸能人のスキャンダルや街の激安店を紹介するワイドショー化。
それらが無限ループしているのだから、いい加減飽きもするだろう。

あれほどテレビ好きだった親父も、夜の番組のあまりのつまらなさに、最近は映画やドラマのDVDばかり見ている。
本来はテレビの黄金期を支えてきた視聴者、つまり今のお年寄りこそ最も大切にすべき顧客であるのに、今のテレビは高齢者をターゲットにした番組があまりに少ない。
TBSの最近の最高視聴率番組が水戸黄門の再放送だと聞けば、関係者ではない私でも「TBS大丈夫?いやそれよりテレビ界大丈夫?」と心配になってしまう。いくら惰性で見続けているお年寄りでも、番組やCMに世代的な違和感を感じればそれは苦痛にもなり得る。

時代劇の再放送にオアシスを求める人が多いのは、それ以外が砂漠化しているから。いや正確には「空虚」と言ったほうが良いかもしれない。
今月17日、放送倫理・番組向上機構(BPO)が「最近のテレビ・バラエティー番組に関する意見」を日本民間放送連盟に渡し、発表した。最近のバラエティー番組の質の低下を受けてのことだ。
嫌われる番組として、「下ネタ」「イジメや差別」「内輪話や仲間内のバカ騒ぎ」「制作の手の内がバレバレのもの」「生きることの基本を粗末に扱うこと」の五つに分類して挙げたそうだ。

いつの時代も批判を受ける番組はあるものだが、私はバラエティーとしてお笑いとして、弾け飛ぶほどのパワーを持った低俗番組なら、少しくらいはあっても良いんじゃないかなと思っている。
かつての日本はそうだった。昭和のバラエティー番組には「くだらない」「低俗だ」「教育上悪い」と言われたものでも、それなりに濃い「中身」があった。どんなにバカらしい番組でも、なにか心に残る「中身」があった。

しかし今のバラエティー番組は、なぜか中身がスカスカに思えるのだ。単に予算の問題ではなく、アイデアでもなく・・・上手く説明できないが、なにか軽い・・・そう、やはり「空虚」という言葉が一番しっくりくる。
低俗番組がBPOや教育委員会あたりから批判されるのは当たり前だが、ただうんちくを並べたり歌やトークで盛り上げるだけの空虚な情報番組よりも、例えばかつての「ビートたけしのお笑いウルトラクイズ」のようなハチャメチャな低俗番組のほうが、じつは今の日本にはずっと必要なのではないだろうか?
テレビ界の活力のために、お年寄りを振り向かせるために、子供たちへのモラル教育のために。
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by rukachas | 2009-11-26 20:45 | 懐古の話 | Comments(0)
変わらぬ美味しさ
アクエリアス久しぶりに「アクエリアス」というスポーツ飲料を飲んで思った。かなりポカリスエットに近い味になったなと。

厳密には違う味だし、甘みもポカリより少ないのだが、出始めの頃のアクエリアスはもっとプラスチックっぽい、リカちゃん人形を噛んだような味だったと記憶している。他のスポーツ飲料もそうだが、ずいぶんと飲みやすくなったもんだ。

「昔はこんな味じゃなかった気がする」というのは結構あるもので、同じ商品でも原材料が変わったり配合が変わったりしながら、味も少しずつ変化しているのかもしれない。
だからこそ「これって昔からこの味だった?」と妙に気になるときがある。たまに復刻版のチョコやらスナックやらが発売されることがあるが、これだって当時の味とピッタリ同じかどうかはわからない。

私がアクエリアス以外で、味が昔と違うような印象を受けたのは、中野物産の「都こんぶ」、甘酸っぱいロッテのキャンディ「小梅ちゃん」、何故かピーナッツが入っている東ハトの「キャラメルコーン」、お馴染み「ペプシコーラ」などなど。
とくに都こんぶと小梅ちゃんは、もっとクセのある味だったような気がするのだが・・・。

これらは本当はまったく変わっていないのに、単に味に慣れて、つまり味覚が変化しただけなのか?それともやはり時代によって味が変わってきているのか?
もしタイムマシンがあれば、当時に行って食べ比べてみたいね。(゚▽゚*)
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by rukachas | 2008-06-02 23:12 | 懐古の話 | Comments(0)
悪いニオイもイイ思い出
バキュームカー1階の居間で食事をしていると、窓の外から懐かしい匂いが漂ってきた。汚い話になってしまうので食事中の人には申し訳ないが、漂ってきたのは汲み取り式トイレの匂いだ。(この場合は臭いと書くべきか)
東京のベッドタウンさいたま市の隣とはいえ、市内各所にはまだまだ汲み取り式トイレの家が残っている。うちの近所にもそんな古い家があるので、おそらくそこから漂ってきたのだろう。

現代の子供の中には和式便器で用を足せない子もいると聞くが、もしその子が汲み取り式の和式便所(いわゆるボットン便所)を目の前にしたら、恐怖と臭いで近付くことさえできないかもしれない。
私は汲み取り式便所が当たり前の頃に幼少期を過ごしたので、その見た目にも臭いにも激しく嫌悪感を感じるほどではない。むしろ子供の頃の思い出を語るうえでの重要なファクターでさえある。何しろ私は物心付く前、近所の畑の肥溜めに落ちたという経験さえあるのだから。

とまぁ私のクサイ思い出はどうでもいいが、今回の臭いの発生源である家はここ数年間空き家になっていて、その間は人がいないので臭いが漂ってくることはなかった。しかし近いうちに人が越してくるのか、バキュームカーが来て便槽の中をカラにしていったとたんに臭ってきたのだ。
じつは汲み取り式トイレというものは、汲み取らずに溜めているときよりも、バキュームカーで吸い取ってカラにしていったあとのほうが悪臭を放つ。こういうことは実際に汲み取り式を使った者じゃないと分からないだろうなぁ。

まぁそんな臭いも、うちから少し離れたところにある牛舎の牛糞臭さも、これぞ地方ならでは。ほのぼのしなきゃ損というわけだ。
と言っても私はべつにそのての臭いが好きなわけではない。人並みにむせ返りもするし、使うならキレイな水洗トイレがイイに決まっている。ただ、ボットンが懐かしいなぁと感じるだけ。

匂いというのは不思議なもので、懐かしい匂いを嗅いだとたん、忘れていた感覚がよみがえってきたりもする。先日も甥っ子と薄暗い森の中へ足を踏み入れたとき、森の独特な匂いに、近所の森で遊んでいた幼いあの日に脳内タイムスリップ。蚊が多かったのですぐに撤退したが・・・。

もし「もう一度嗅いでみたい懐かしい匂いランキング」なんてのがあったら、何が1位になるだろう?
私は、新品のLPレコードを買ってきてジャケットから取り出したときの匂い、かな。
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by rukachas | 2007-09-21 01:29 | 懐古の話 | Comments(0)
デビルマンと現代人
デビルマン先日、永井豪氏の漫画「デビルマン」を最終話まで読む機会があった。
デビルマンと言っても若い人にはピンとこないだろうし、私と同じ世代でもTVアニメしか見たことないという人も多いと思うが、原作の漫画はTVアニメの印象とは程遠い、悲しいまでの重々しさで満ちていた。

取り立ててリアルな描写でもないのに、受けた印象はかなりおぞましかった。何が凄いって、いとも簡単に少年漫画のタブーを打ち破ったこと。
少年漫画にはタブーがある。たとえ恐怖マンガであっても、主人公は簡単に死んではいけないとか、子供が残酷な殺され方をする描写はダメだとか、読者の気分を害するような展開はなるべく避けるものだ。
ところがデビルマンの原作は、よくまぁ当時の少年誌(少年マガジン)でこういう展開を許したなと思うくらい、救いようのない残酷さが繰り広げられている。

たとえば、母親から虐待を受け体中キズだらけの幼児が、お父さんが帰ってくるまではお母さんのそばにいたくないと、夜遅くまで公園で時間をつぶすシーンがある。
しかし迎えに来た母親に家に連れ戻されてしまい、いつものように犬をけしかけられる。帰って来た父親に助けを求めるが、父親も豹変しその子へと襲いかかる。そして次のページでは、首を切られたその子の姿が。

あまり書くとネタバレになってしまうが、1話からずっと登場してきた準主役級キャラや場を和ませてきた小さな子供のキャラが、ほんの数コマのあいだに見るも無惨な姿で殺されてしまうのだから、その展開のあっけなさには唖然としてしまった。

永井豪氏はこの漫画で人間と悪魔との戦いを描いてはいるが、地球を我が物顔で支配してきた人間の罪深さを訴えているようにも感じた。
少年誌で扱うべきテーマ&描写だったかどうかはわからないが、原爆被害をありのままに伝えた「はだしのゲン」も当時少年ジャンプでの連載だったのだから、若い読者を対象にしたことは無意味では無かったように思う。
もし古本屋で「デビルマン」を見かけたら、ぜひ手に取って読んでほしい。永井豪氏お得意の色っぽい女性悪魔キャラも、別な意味で迫力満点。(^^)

ところで、デビルマンの連載は1972年だが、私は劇中のこんなセリフが印象に残った。主人公「不動明」のクラスメイトが教室で雄弁に語るシーンがある。セリフは適当に端折るが・・・

『21世紀、つまりわずか30年後、世界の人口は現在の倍近くになっている。現在37億の地球人口が30年後には軽く70億を突破するんだ。そこで大変なのが食料問題。70億人分の食料はないんだよ。つまり70億人のうちの何割かは食料が手に入らない。昔は食料がなくなると戦争が起こった。そして戦争で多くの人が死ぬ。そして生き残った人に食料が行き渡る。再び平和が来て人口が増える。また食料が無くなり戦争が起こる、といった具合に戦争が人口調節になっているわけだ。ところがこれから戦争は起こりにくくなる。今度戦争が起これば核戦争になるからだ。核戦争は人口調節どころか人類の滅亡を意味する。だから戦争は簡単には起こせない...』

漫画のセリフではあるが、あながちデタラメでもなく、当時の人々の実際の見解と考えても良いだろう。このセリフを要約するとこうなる。
「30年後、世界の人口は倍の70億になる」
「そのとき70億人分の食料は無く、食料不足が起こる」
「これから戦争は起こりにくくなる」

さて、実際に30年が経ったが結果はどうだろう?
2006年の現在、地球の人口は約65億人。30年前の予想どおり、ほぼ倍になったわけだ。では食料はどうかというと、たしかに世界の飢餓問題は決して解決されてはいないが、少なくとも人口が増えたために食料が減ったということは無いように思う。(飢餓人口そのものは、1990年代前半に一旦減ったが、その後また増え続けているそうだ)
先進国での食料の生産、備蓄、流通においては、現代は人類すべてを補ってあまりあるほどの規模で動いている。ところがそれでも世界にまんべんなく行き渡らないのだから、テクノロジーの発達が先進国のエゴに追いつかなかった、といったところだろうか。

最後の「これから戦争は起こりにくくなる」だが、たしかに30年前はベトナム戦争を切っ掛けとした反戦運動が盛んであり、過去の戦争の記憶もあることから、誰も第三次世界大戦など考えもしなかった。日本も高度経済成長期の、いわば良い意味での平和ボケの時代だった。

だが21世紀になり、本当に行く先がボケてきた。今の世界情勢を見ると、戦争が起こりにくくなるどころか核戦争さえ起こしそうな勢いだ。東アジア情勢も緊迫化しており、日本も軍国化に向け少しずつ突き進んでいるように思える。

30年前の漫画「デビルマン」では、デーモン(悪魔)たちは人間に取り憑き、心と体を支配した。そろそろ人間の心に巣くう悪魔が、顔を出す頃なのかもしれない。
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by rukachas | 2006-05-17 21:18 | 懐古の話 | Comments(0)
切手のお店と無線のお店
無線の切手今回は非常にローカル、かつピンポイントな話で申し訳ない。f(^_^;)
30年ほど前、全国的に切手のコレクションが流行ったことがあった。いわゆる切手ブーム。当時小学生だった私も友達が持っていたたくさんの切手を見るうち、自分も奇麗な切手を集めてみたくなった。そして人づてに、「ふじやスタンプ」という地元の切手ショップの名を知る。

ある雨の日、私は親父の運転する車に乗り、住所をたよりにその店へと向かった。ところが親父とふたりでいくら探しても、一向にそれらしい店が見つからない。散々探し回ったあげく、結局諦めて帰ってしまった。
大人になってから、懐かしさついでにもう一度、今度は徒歩で探してみたことがあったが、その時もやっぱり見つからなかった。きっと移転したか潰れたんだろうな、そう勝手に思い込んでいた。

しかし今日ネットで検索したら、今も店が健在であることが判明。場所も地図情報であっさり判明。当時その辺も探しまわったんだけどなぁ。なんで見つからなかったんだろう?
もし当時、この店を見つけて切手を買っていたら、もしかしたら今頃、切手コレクターになっていたかもしれない。

話変って中学生の頃、浦和高校の近くに「蒼社無線」という小さな店があった。当時も◯◯無線という名の電器屋は結構あったので、私はてっきりここも電器屋だとばかり思っていたのだが、ガラス戸から見える中の様子は電器屋とは明らかに違っていた。

当時の私は電気製品が大好きで、電器屋をハシゴして歩くような子だった。個人経営の小さな店でもラジカセなどを遠慮なくいじくり回しては、何も買わずにカタログだけ貰ってくるような子。この蒼社無線も、前を自転車で通るたびに、バスの窓から見えるたびに気になっていた店だったが、中学生の私にはなんとなく近寄りがたい雰囲気だった。
しかしなんてことはない。名前のとおり無線機の専門店だったわけだ。だがそれを知った頃、いつの間にかこの店も姿を消していた。

今日ネットで検索してみて、店は少し離れた場所に移転しただけで、今でも健在だと分かった。
もし当時、この店で初めて見る無線機に魅了されていたら、もしかしたら今頃、庭にデッカイアンテナを建てていたかもしれない。
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by rukachas | 2006-03-02 21:48 | 懐古の話 | Comments(0)
少年と看護婦さん
白衣の天使もう30年以上も前だが、当時マンガ雑誌の少年ジャンプで「トイレット博士」というギャグ漫画が連載されていた。作者はとりいかずよし氏。
このマンガの中で「七年殺し」という必殺技が登場する。相手の尻を丸出しにし、両手を肛門に突っ込んで中で七本の指を立てることで直腸を破壊し、7年先まで再起不能なダメージを与える・・・と書くとなんだかグロっぽいが、赤塚不二夫タッチの3頭身ギャグマンガなのでご心配なく。

チョ~が付くくらい下品なマンガだったが、小学生、とくに男子のあいだでは人気が高く、当時の少年ジャンプの看板マンガだった。この下品路線は後の「ガキデカ」さらに「おぼっちゃまくん」へと受け継がれていった・・・かどうかは知らない。

私は9歳のときに、腎臓をわずらって40日間入院したことがあった。病室は6人部屋で、同じくらいの歳の子たちと一緒だった。
ある日みんなでノートに絵を描いて遊んだとき、私はこのトイレット博士のマンガを真似て描いて、病室の友だちを笑わせていた。小学生らしいドヘタな絵で、吹き出しを描いて「七年ごろし~!」とやっているようなくだらない絵だ。大きなモモのようなお尻の横に矢印を描いて「ケツ」と書いている。つまり、これはケツだよと説明している絵。

みんなでケラケラと笑っているところへ、若い看護婦さんが「なに描いてるの?」と覗きにきた。私はちょっとイタズラっぽい気持ちで、ホラッとばかりにその絵を見せた。
すると看護婦さん、キョトンとした顔で「これなぁに?」とお尻の絵を指差した。私が「ケツだよ、ケツって書いてあるじゃん!」と言うと、その看護婦さん、なんとこう返してきたのだ。「ケツってなぁに?」

私はその瞬間凍りついた。「看護婦さんは白衣の天使っていうけど本当に純真なんだ。ケツなんていう下品な言葉は知らないんだ!」そう思ったとたんに、下品な絵を見せてしまったことがとても恥ずかしくなり、顔から火が出るような思いがして、あとは何も言えなくなってしまった。顔を赤らめながらそそくさとノートをしまう9歳のRUKA君であった・・・。

しかし、よくよく考えてみればどうもおかしい。看護婦さんといえば若くても二十歳は越えているだろう。いくらなんでも、お尻をケツと呼ぶことぐらい知らないわけはない。きっとカマトトぶって、私をからかったに違いない。
う~ん、9歳のいたいけな少年を騙すとは・・・看護婦さんて本当は「白衣のペ天使」かもね。
(↑ギャグです冗談です。看護婦さんは天使です。いつかお世話になる人たちを悪くは言えませんて)(;^_^A
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by rukachas | 2005-12-10 23:51 | 懐古の話 | Comments(0)
人とモノが共存していた時代
レトロな看板「昔は良かった」というセリフは、いつの時代も年寄りの決まり文句みたいなものだが、この21世紀の現代を眺めていると、本当に昔のほうが良い時代だったんじゃないかなぁ・・・と思えてならない。

そりゃあ昔といっても、戦時中にまでさかのぼるわけじゃない。私は力道山の空手チョップ、ひばりの歌声、裕次郎の演技を語れる歳でもない。
私は日本の高度経済成長期の中期ごろ、'60年代半ばに生まれ、'70年代を少年として、'80年代を若者として生きてきた。昔を思い返してみると、生活周りのモノの変化の中に自分もあるのだなと、つくづく感じる。

 その昔、車はマニュアル車ばかりだった。
 駅の改札では、駅員が切符にハサミを入れていた。
 たくさんの10円玉を持って公衆電話をかけていた。
 夜7時以降はどこの店も閉まっていた。

 レコードでプチプチとノイズ混じりの音楽を聴いていた。
 音楽は曲順どおりに聴くものだった。
 テレビに手を伸ばさないとチャンネルを変えられなかった。
 カメラは露出とピントを手で合わせてから撮るものだった。
 写真屋にフィルムを出すと、プリントを受け取るのが数日後だった。

 夏、家の中は蒸し暑かった。
 冬、暖かいのはストーブの前とこたつの中だけだった。
 ぼっとん便所の家ばかりだった。
 トイレの紙はガサガサのちり紙だった。
 台所にハエ取り紙を吊るしていた。

 どこの赤ちゃんも布オムツ(オシメ)をしていた。
 魔法瓶のお湯はすぐに冷めた。
 掃除機はお尻からホコリをまき散らしていた。
 電話は家に一台しかなかった。

・・・それが当たり前だった。だが、より良く、より便利にという人々の思いが、音の良いオーディオ製品や画質の良いテレビを生んだ。肌に優しい紙オムツを生み、携帯電話や24時間営業の店を生んだ。
しかしどこか空しい。便利になった世の中は、どこか空しい。

昔なら、子供への電話はまず親が出て、そして子供に取り次いでいた。今は、子供が誰とどんな会話をしているのか、親でさえ把握できないでいる。
昔は夜になれば店が閉まるから、子供も親も必要なものは昼間のうちに買っておいた。しかし今はいつでも買える。だから後でもイイ、夜でもイイ。この時間的な緊張感のなさが、ダラけさせる一要因になっているとは言えないだろうか。

昔はどのモノも今ほど快適ではなかった。ハッキリ言ってしまえば不便な部分が多かった。しかし、人とモノがお互い足りない部分を補って、つまり共存していた時代だったように思える。
ところが今は、共存というよりもむしろ命令と服従の関係に近い。考えられることをできて当たり前、できないものはダメと、モノに対する要求があまりに高飛車だ。

人間に快適さを提供するためモノがあまりに謙ってきた結果、人々は創意工夫を忘れてしまった。モノを作る側は、より良くするために創意工夫を凝らしてはいても、提供される側は、快適になればなるほど受け身に甘んじてしまう。
ひとつの例だが、あれほど栄えていたオーディオ人気が今やここまで衰退したのは、機器の値段が高かったからでも、操作が面倒だと飽きられたからでもない。デジタルオーディオの登場とともに、便利に、手軽になり過ぎたからだ。

このように私にとっては、'60~'70年代のオモチャや、'80年代のオーディオ製品が特別なものに感じる。今の若い人たちも、きっと数十年後には「2000年頃のモノは良かったなぁ」なんて言うんだろうね。
いつの時代も「昔は良かった」と言われ続けるとしたら、はたして人類の歩みは進歩と言えるのだろうか?ノスタルジーを負かすほどのテクノロジーは未だ存在しない。
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by rukachas | 2005-10-14 21:44 | 懐古の話 | Comments(0)
しゃぼんだま子供のころ、超能力は本当にあると思っていた。
 大人になって、トリックだと知った。

子供のころ、UFOやネッシーは存在すると思っていた。
 大人になって、作り話だと知った。

子供のころ、大昔の妖精伝説を信じていた。
 大人になって、ただのおとぎ話だと知った。

子供のころ、数えきれないほどの夢があった。
 大人になって、それが本当の夢だと知った。

子供のころ、夢は想像して待つものだった。
 大人になって、夢は自分で創造するものだと知った。
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by rukachas | 2005-10-08 19:45 | 懐古の話 | Comments(0)