子供大好きRUKAの雑記帳
by RUKA
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キズや汚れにゃめっぽう弱い
c0039181_23335810.jpgオフクロが「ラジカセの調子が悪くなった」と言うので調べてみた。CDをかけていると必ず同じ箇所で音が飛び飛びになり、仕舞いには鳴らなくなってしまうのだという。どうせピックアップのレンズが汚れただけだろうと思って見てみたが、さほど汚れているわけでもない。どのCDでもそうなるのかと訊いたら、オフクロが買ったカーペンターズのCDだけだという。

じゃあそのCDが汚れてるんだろう、ということで手に取り、クルッと引っくり返してみて驚いた。銀色の記録面に、しっかりと黒のマーカーで「カーペンターズ」と書いてある。(; ̄д ̄)
ディスクの記録面は汚してはいけない。字を書いたら読み取りにくくなるのは当たり前のこと。しかし高齢者のほとんどはそんなことは意識していない。カセットテープに歌手名を書くのと同じようにCDにも書いてしまう。だがこれは無理もない。誰かに指摘されなければ分からないことだ。

これは幼い子供にも当てはまる。任天堂が昔、Nintendo64を発表した頃、他機種のようなCD-ROMではなくカセット式にした理由として「小さな子供はCDの扱いに難がある」というのがあった。CDをいちいちケースに戻さない子も多いだろうし、オモチャ箱や床で重なりあってキズだらけになればそれだけで使えなくもなる。任天堂はこれを極力避けたかったのだろう。

子供に与えるオモチャとして、腫れ物に触るような扱いを前提とした商品はダメだ、という考えも一応は賛成できる。だが、モノを大切に扱うという意識を持たせるには、オモチャにもある程度の繊細さがあっても良いのではないだろうか。
ただ子供の場合も高齢者の場合も、それがどういう仕組みになっていて、どういう扱いがいけないのか、ハッキリ分からずに使っている人が圧倒的に多いと思う。説明書を隅々まで読めば分かることだが、子供にもお年寄りにも分かりやすい説明書というのがほとんど存在しない。子供は大人の見よう見まねで使い、お年寄りはそれまでの体験の惰性で使う。

正しい扱いを仕向ける商品を作るか、それともちょっとくらい雑に扱っても平気な商品を作るか。AudioCDでさえ古さを感じさせる現在の光ディスク。記録メディアの行く先は、二股の分かれ道に差し掛かったね。
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by rukachas | 2005-04-21 23:36 | 電気製品の話 | Comments(0)
うちのMacは元気印
c0039181_22212412.jpg昨年の2月に中古で買った旧型iMac(350MHzブルーベリー)は、今でもすこぶる調子が良い。2年半前にオフクロ用として買った同じく中古のiMac(333MHzライム)も、とくに不具合なく稼働している。外観にキズはあるが、まだまだ発売当時と同じパフォーマンスを保ってくれている。

思えば私の歴代Macはどれも長寿だった。中でも'97年に買ったPower Mac 8600/250はとくに息が長く、今でも写真の取り込みに現役で使っている(スキャナが古いSCSIタイプなもので)。引っ越し時の振動でビデオ入力がイカレたのは残念だったが、HDも調子良さそうだしまだしばらくは使えそうだ。

サブマシンのiMacも、ネットや音楽、画像レタッチ程度なら十分に快適だし、常時起動していても気にならない静かな作動音も魅力だ。OSは9.2だが、IEを使わなければさほど不安定になることもない。ついキーボードの電源ボタンに手を伸ばしたくなる気軽なサブマシンとして、これも長寿命でいてほしいものだ。(画像は私のiMacの現在のデスクトップ。アイコンをOS X風にしている)

このように私のMacはどれも丈夫なものだから捨てることもなく、結局3台のMacを使い分けている状態だが、私の妹とダンナはこれを見て私をパソコンオタクだと思ったらしい。
おいおい、テレビが3台あるのとは違うのだよ。パソコンは他の電化製品と違い、古い機種と新しい機種では用途が違ってくる。単に性能の差だけではなく規格の差があるので、周辺機器やソフトが機種を限定してしまうこともあるわけだ。

電化製品は古くなってきたから新しいのを買う。だがパソコンはしたいことのために新しいのを買う。新しい機種ですべてまかなえれば良いが、私のように古い機種を捨てるわけにはいかない者もいる。今の時代、部屋にMacが3台あるからパソコンオタクだなんて発想、正直勘弁してほしいよね~。ヽ(´・`)ノ
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by rukachas | 2005-04-20 22:29 | Mac&Winの話 | Comments(0)
なんとなくウレシサを感じるとき
スマイルなんとなくウレシサを、感じるとき・・・

眠りから覚めて、今日が休みだったと気付いたとき。
外から近所の子供たちの遊ぶ声が聞こえてきたとき。
Macを使いながら、入れたてのコーヒーを飲んだとき。
甥っ子が「おじちゃ~ん」と言って絡み付いてきたとき。
自分宛の小包が届いたとき。
ふといいメロディが頭に浮かんだとき。
チョコレートを食べたとき。
掃除でしつこい汚れが取れたとき。
投げたゴミが一発でゴミ箱に入ったとき。
買ったばかりの商品のセロファン包装をツーッと剥くとき。
ハムスターにエサをあげたらがっついて食べてくれたとき。
散歩の途中、仲良く歩く母子を見たとき。
空を見上げたら鳥が見えたとき。
気に入った文章が書けたとき。
オフクロが笑顔のとき。
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by rukachas | 2005-04-18 23:13 | Comments(0)
子供に対する立場の違い
名札私はL.O.S.を起ち上げた当初「懐かしのTVCF」というコーナーを作り、古いテレビCMをキャプチャしたムービーファイルをいくつか掲載していた。320×240ピクセルで2MBくらいのMPEG1ムービーだった。
恥ずかしいことだが、当時の私は著作権に対しての意識が甘く、今では放送していない古いCMなら問題ないだろうと思っていたのだ。だがレンタルサービス側から警告が来て猛反省。すぐに全削除し、その後CMムービーは一切載せていない。

タレントの安達祐実さんが3歳の頃に出演したCM「白雪姫のホワイトシチュー」のムービーを掲載したときのこと、私は何気なくタイトルに「安達ゆみ」と書いたのだが、後日熱心な安達祐実ファンからうちの掲示板に「なぜ名前をひらがなで書いたのか?」というような書き込みがあった。私はこれまた何気なく「イメージ的にはユミのほうが合ってたかなぁ?」などと書き込んだら「勝手に人の名前を変えないで!」とお叱りを受けてしまった。ここでようやく私は、名前を漢字で書かなかったことについて彼が怒っているのだと気が付いた。
すぐにタイトルの「安達ゆみ」を「安達祐実」に直して謝ったが、私としてはこの感覚の違いに正直驚かされた出来事だった。(この時の様子は、うちの掲示板の過去ログにかろうじて残ってます)

当時も今も思うことだが、これは子供タレントをどう見るかという立場の違いだ。たとえばCMやドラマで活躍していた頃の小学生の安達祐実ちゃんが目の前にいたとして、その横にごく普通の小学生の子がいたとする(性別は関係なく)。私はこの2人に価値の差など感じないし、同じように話し、同じように接するだろう。そしてもし自分が安達祐実ちゃんの親だったとしたら、持ち物に「あだちゆみ」と書くかもしれないし、私が親戚のおじさんだったら、手紙の宛先に「ゆみちゃんへ」と書くかもしれない。
つまり私にとっては(あるいは大部分の親にとっては)「祐実ちゃんとゆみちゃん」「真理ちゃんとまりちゃん」「恵理ちゃんとえりちゃん」は同じことなのだ。

しかしそれはファンにとっては耐え難いことなのかもしれない。安達祐実ちゃんのファンは、安達祐実という名前をひとつの商標として大切にしている。だから安達ゆみでも安達ユミでも、別人になってしまうのだろう。「キャノンはキヤノンと書くべきだ」「iTunesをアイチューンと言うな」という人がいるのと同じことかな。
だが人の場合は、愛情を伴わなければ正式名称も単なる記号に過ぎない。私は子供にも見てもらえるサイトを作っている以上、名前にはひらがなやカタカナも織り交ぜ、これからも愛情をもって記していくつもりだ。
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by rukachas | 2005-04-16 23:19 | 子供の話 | Comments(2)
迷惑メールというより無駄メール
スパム昨年あたりから迷惑メールが増えてきた。ウェブでメアドを公開している人は宣伝メールが来ることはある程度覚悟しておかなくてはならないが、自分にとって無意味な(差出人にとって無駄な)メールは百害あっても一利なし。フィルタリングするのが一番だ。
(写真はスパムという名の豚肉加工食品のパッケージ。不特定多数に一方的に送りつける迷惑メールをスパムというが、これはイギリスのお笑い番組「空飛ぶモンティ・パイソン」のレストランコントの中で、登場人物たちがスパム!スパム!と連呼し、客に一方的にスパム料理を食べさせようとする話が語源らしい)

私はスパムなど迷惑メールの大部分は転送サービス側で削ぎ落としている。スパムにありがちな20個ほどのキーワードや業者のメアドを登録して、当てはまるメールはその段階で自動削除するようにしている。そこを通過した残りが私の本メアドに転送され、プロバイダ提供のウィルススキャンを通る。もしウィルスが添付してあれば駆除され、駆除できなかった場合はメールごと削除される。そしてその旨が私に通知される。
こうして大部分の迷惑メールは私のMacに入る前にカットされるわけだが、それでも1日に5~10通ほど届いてしまう。だがメーラーの迷惑メール検出機能も使っているので、最終的に私の目に触れる迷惑メールは1日に2通ほどだ。

だが最近はこのてのメールも手が込んできて、さも知り合いからのように見せかけたり、メールが間違って届いたので返信してきたかのようなタイトルだったりと、なんとか本文を見せようと必死さ丸出しだ。
私のパソコンはMacで、しかもメーラーをテキスト形式で使っているので、どのメールもなんら怖れることなく開くことができる。不審なメールの中身をどれどれと拝見すると、案の定ヒワイな文句で受信者の興味を誘い、URLをクリックさせようとしているものばかりだった。

差出人は不特定多数へ大量にバラまいているのだろうが、マーケティングの最も重要な点は、的確な顧客に対し如何に的確な宣伝をするかだ。まぁマーケティングがどうとか言えるような、正規の業者ではないだろうけどね。おそらくサイトに誘導して勝手に「登録したので金払え!」というタイプか、有料アダルトサイトの会員にでもさせようとしているのか、そんなところだろう。
エロメールはエロい人だけに送ればいい。私に色仕掛けは通用しない。
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by rukachas | 2005-04-14 22:23 | Net&Webの話 | Comments(0)
体は現実、心はフィクション
その先に見えるもの先日、鹿児島市内の防空壕跡で、探検ゴッコをしていた中学生4人がCO中毒で死亡するという痛ましい事故があった。通気性の悪いこんな場所で焚火をすれば危険であることぐらい小学生でも分かるはずだが、彼らにその認識は無かったのだろうか?
いや、危険だと分かっていたはずだ。危険であるからこその「探検ゴッコ」なのだから。

では彼らに足りなかったものは何なのか?それは「先を見越す力」だ。彼らに限らず、現代の子供たちはこの力が極めて希薄であると思われる。自分の行動によって結果的にどうなるのかを予測した時、正確な答えを導き出すことができないのだ。亡くなった4人の中学生も、危険であることは分かっていながら、具体的にどのような事が起こるのかが分からなかったのだ。

現代の子供たちが正しく先を見越せないのは、単なる経験不足だけではなく、幼少期から思春期にかけて触れる、ある情報に原因があるのではないかと私は思っている。
それは「占い」「超能力」「宗教」「霊」など、不思議現象的な話題だ。それらをフィクションとして理解している者ならば映画のように楽しむこともできるだろう。だがそれを子供たちに、さも真実であるかのように伝えてしまうと、子供たちは現実社会での法則性や物事の連鎖が正しく認識できなくなってしまう。つまり現実で起きる現象に、心情を重ねてしまうのだ。

猥褻な牧師が逮捕された事件があったが、信者は「地獄に堕ちる」と言われた時点で、この牧師が真実を語っていないと気付くべきだし、その点では最近テレビによく出る占いオバさんの「しかし地獄行く」という発言も、思想的には同じだと言えるだろう。
占いは予言であるかのように思いがちだが、昔から「当たるも八卦、当たらぬも八卦」というとおり、結局はその発言が当たるか当たらないかなのだ。信じるか信じないかではない。あくまでも発言した後にそれが実際に起こるか起こらないかだ。だから情報が多ければ、それだけ自信を持って発言できるわけだ。
また、写真が何故写るのかさえも知らない人が、写真を見ただけでやれ自縛霊だとか怨念がどうとか語っているテレビ番組もあるが、子供たちには「なりきりショー」か「私はこう思い込んでますショー」だと説明したうえで見せないと、とんだ勘違いをさせてしまう。

何がフィクションで何が真実であるか、親と子でジックリと話し合ってみるべきだろう。だが時に大人は、子供への情報をシャットアウトすることがある。子供にとって有益な情報を大人が勝手に有害情報と思い込み、知ることさえも規制することがある。この世の真実の姿を知らぬまま、思春期に真実のふりをしたフィクションに出会う子供たち。

未成年者の自殺が相次いだ時期があった。小中学生が殺人を犯したこともあった。これもある種、フィクションを真実だと思ってしまったことが、根底にあるのではないだろうか?
自分の行動の先に何があるのか?・・・子供たちに先を見越す力を付けさせるためには、フィクションはフィクションとして伝えなければならない。メディアの責任は大きい。
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by rukachas | 2005-04-13 23:59 | 子供の話 | Comments(0)
そのうちYahoo!BBにするかも
同軸ケーブル東京に住む私の妹のネット環境が、引っ越しのため一時中断の状態になっている。引っ越しは1週間前に無事済んだのだが、新居での回線開通で手間どっているらしい。
プロバイダはSo-net。妹が引っ越し前に手続きをしようとSo-netのサポートに電話をしたら、引っ越し後はコースが変わるのでモデムも交換になると言われたそうだ。妹が今まで入っていたのは8Mbpsコースだが、現在のSo-netは50Mと1Mコースのみなので、引っ越し後は半ば強制的に50Mコースになってしまうらしい。そのため現在のモデムは送り返さなければならないそうだ。

「だったらいっそのこと一旦解約してから新規加入したほうが、キャンペーンの割引や無料期間なんかもあって得なんじゃない?あるいはSo-netである必要がないなら、他のプロバイダに変えるってのもありかもね」
と妹に言ったら、現在のメールアドレスが変わるのに少し抵抗があるという。プロバイダも病院と同じく、乗り換えは多少不安なものだね。

私も最初のプロバイダはSo-netだったが、その後DIONにし、ADSLを利用する段階で繋がらないと分かり、仕方なくケーブルのJ-COMに入った。その後引っ越した現在の住居ではBBフォンが使えていることから、ADSLが問題なく繋がることは分かっているのだが、サイトのURL保持のため今でもJ-COMを利用している。(J-COM浦和からJ-COMメディアさいたまに移行しただけ)
ケーブルネットはADSLに比べて料金が高く、光通信と比べて速度が劣るという、どっち付かずの状態であることは分かっているのだが、なかなか乗り換えの踏ん切りが付かない。
オフクロがBBフォンを利用してかなり重宝しているようなので、当然BBフォンは外せない。となるとうちは、ADSLはYahoo!BBしか選択肢がないわけだ。

現在私はJ-COMのプレミア(30Mbps)という月額5,500円のコースを利用している。Yahoo!BBに乗り換えると、計算では毎月約1,500円もうくことになるのだが、J-COMの解約に6,000円かかるのと、もしADSLにしてBBフォンとの併用で通信状態が悪かったら・・・という懸念がある。かといってJ-COMをこのままにして試しにYahoo!BBに入るのも勿体ない気がするし。

というわけでしばらくはJ-COMのままで、サイトのURLも現状維持。だがどうしても割高感に耐えられなくなったら、フレッツ光かADSLにするかもしれない。魅力的なコンテンツが出現したら光、現れなかったらADSLかなぁ。
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by rukachas | 2005-04-12 23:58 | Net&Webの話 | Comments(0)
ブログブラブラ3ヶ月
ブログ書きこのブログも1月に始めて今日でちょうど3ヶ月になる。
ブログを続けるには大体3ヶ月が山らしいが、私もなんとかここまで続けることができた。しかも3月末までは毎日更新。よくもまぁ日記でもないのに書くことあったなと、自分でも感心するやら呆れるやら・・・。
いや呆れてはイカンが、とにかくこれからも何かしら書いていこうと思う。毎日ではないけどね。

アクセス解析を見てみると、今のところ大体1日に20~30アクセスといったところ(ユニークアクセス数)。3ヶ月でこの数字はハッキリ言って少ないけれど、とくに宣伝はしていないし、私のほうから他のブログにトラックバックすることも少ないので、まぁこんなもんかな。(^_^;)

ただ、ブックマークして直接見にきてくれている(と思われる)方が最近増えてきたのと、同じ方が短時間に繰り返しアクセスしていることも多いので、この点はちょっとウレシイなと。つまりこれはすぐに帰らず、他の記事も読んでくれているってことでしょう?一見しただけで帰る人が多い中で、こういう読者はホント有り難い。足向けて寝られませんて。

とは言ってもべつにアフィリエイトしてるわけじゃなし、他人に書かされてるわけでもなし、自分で自分の考えを再確認するために書いているに過ぎないので、あまりアクセス数は気にしないほうがイイんだろうけどね。

日記ブログやニュース紹介ブログ、写真ブログに伝言ブログと、ブログの使われ方は様々だが、書き手の色が伝わらないブログはハッキリ言ってつまらない。私の文章にはきちんと「RUKA色」が出ているかな?
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by rukachas | 2005-04-10 19:22 | Net&Webの話 | Comments(0)
平沢音楽の質と価値
平沢 進どこのサイトで見た情報か忘れてしまったが、20世紀最高の映画作品を決める企画だかショーだかが海外であって、たしか選ばれたのはフランシス・フォード・コッポラ監督の「地獄の黙示録」だった。そしてそれとは別だが、最も怖いホラー映画は何か?ということで選ばれたのは、たしかスタンリー・キューブリック監督の「シャイニング」だった。

もし音楽でも同じように「20世紀最高の曲は?」なんてのがあったら、きっとビートルズあたりの曲か、そうでなくても'60~'70年代の曲が選ばれるのだろう。
しかし「最高の」とは言いながらも、結局は審査員が知っている曲の中から選んでいるわけだ。初めにいくつかを提示してこの中で一番人気はどれか?というのなら誰もが納得いくだろうが、有名どころから選んでいるだけでは、タイトルに偽りありとさえも感じてしまう。

何が言いたいのかというと、日本でも海外でも、知名度や売り上げは抜きにして純粋にこの地球上で一番素晴らしい曲は何か、という選考があったとしたら、間違いなく平沢進さんの曲が選ばれるはずだということ。ただし、審査員の個人的な感情が入らなかったらの話だけどね。

音楽の質というと、音質が良いとか機材が良いとか、歌っているのが有名人だとか宣伝に金をかけているとか、はたまたヒットしたとか、そういうことだと思ってしまいがちだが実はそうではない。
たとえば家にしまわれた思い出のアルバムや子供のヘソの尾のように、それそのものが独立した価値を放っているものがある。つまり価値があるのではなく、価値を感じさせるもの。
平沢さんの音楽はまさにこれ。平沢曲そのものが放つ質と価値を感じることができたとき、ちまたに溢れる他の曲がグリコのオマケのように思えるだろう。

「自分の好きな曲だからそう思うだけだろ!」と思った方。百見は一聞にしかず。
「私のヒラサワCD」
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by rukachas | 2005-04-09 19:55 | 音楽の話 | Comments(0)
誰が守るか、ネットの秩序
ネットの輪ニッポン放送の買収劇でニュース番組を賑わしているほりえもんことlivedoorの堀江社長。彼のメディアに対する先見性とバイタリティは尊敬に値するが、ネットの優位性を説くその考え方には多少同意しかねる部分もある。

ネットは情報取得に関してはテレビ以上に便利であるが、反面大きなリスクと責任が伴う世界でもある。堀江氏は「ネットで流した映像について、世論調査で50%以上が悪いと思うならば謝ればいい」(毎日新聞より)とも発言したそうだが、謝って済む問題ばかりではない。ネットで流れた情報が殺人や自殺のヒントになったケースや、某P2Pソフトによって重要な個人情報が流出してしまったケースもある。堀江氏が言っているのは正規のネットコンテンツに関してなのだろうが、メディアやジャーナリズムをネットが淘汰するといった話なのだから、これらもまとめて考えなければならないことだ。

ネットがブロードバンド化してそこそこの動画が見られるようになって久しいが、テレビとパソコンの融合については’90年代半ばにはすでに論じられていたこと。AppleのCEO(最高経営責任者)スティーブ・ジョブズ氏はかつてこのようなことを言っていた。「人はコンピュータの前では頭のスイッチをONにして、テレビの前ではOFFにする、だからこの2つが融合することはない」と。
パソコンは何かをするための道具であり、テレビは見る聴くといった環境を提供するもの。共に情報端末だが用途が違う。しかし、互いに意識し合い、切磋琢磨していく関係にあることは確かだ。テレビも地上波デジタル化の双方向通信によって、初めはネットじみたことをしてくるだろうし、ネットも今後ストリーミング放送がより盛んになっていくだろう。だが両者には決定的な違いがある。それはコンテンツの提供が誰によるものなのか?ということ。

テレビはネットと違い、ユーザー主導で事が起こることはない。あくまでもテレビ局のお膳立てに則り、必ず放送法というフィルタを通すことになる。かたやネットは個人が個人の責任において情報を発信できる。しかもメールやメッセンジャーなど特定の相手に対する送信の場合は、基本的に検閲されることはない。

ではネットはテレビに対して優位性を説けるほどのものなのかというと、私はそうは思わない。理由のひとつとして、利用者が主であるが故の秩序のもろさがあげられる。
私はネットを始めたのが1997年なので、それ以前のネット社会やパソコン通信のことは知らないが、それでも当時はネットの秩序を守ろうとする利用者自身の意識は、今よりも高かったように思う。たしかに日本の法律がネットに対応できていない時代ではあったが、ネットが荒れ果てた無法地帯だったわけではない。コミュニティの輪はユーザーによって管理され、輪を荒らすものがあればユーザーの手によって駆逐される。私は当時、それがネット社会だという印象を持った。言わば、利用者の利用者による利用者のためのルールがあった時代だ。
しかしネットが一般に広く普及し利用者も増えるにつれ、ネットコミュニティは次第に混沌としてきた。ネチケットなど遥か彼方。小さな「おらが村のルール」的なものは意味を成さず、結局は法の介入が必要不可欠なものとなってしまった。

このような法介入が必要とされるネット社会に誰がしたかといえば、政治家ではない、我々一般人だ。「小学生を殺す」と掲示板に書き込んだ者が逮捕されるケースが最近多いが、これも実際に子供たちを狙った事件が横行しているからだ。ネットに溢れる児童ポルノ的なイラストやマンガは、絵であるということで規制を免れてはいるが、これもそのてのものに影響されて実際の事に及ぶ者が多ければ、規制されて然るべきだろう。
ちょうど、暴走族が違法通行を続けたためにその道が閉鎖されたようなもの。住み良かった社会が一部のユーザーの行為によって不便と化すのは、ネットでも実社会でも同じ事だ。

道は人が通れば荒れていく。整備も掃除もすることなく、ただ通り続ける人のみであれば、いつしか歩く事もままならないほど荒れ果ててしまう。
今後ネットがテレビを淘汰するほどの素晴らしいメディアになれるかどうか、それは企業間の問題でもトップの考え方うんぬんでもなく、ひとえに利用者の意識、行動次第といえるだろう。
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by rukachas | 2005-04-07 22:33 | Net&Webの話 | Comments(0)