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子供大好きRUKAの雑記帳
by RUKA
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犬は何を見たか
イヌ広島市で今月22日、小学1年生の女児が下校途中に殺害された事件は、物的証拠と目撃件数が少なく、未だ先の見える報道がなされていない。
犯人は大人なのか未成年なのか?男性なのか女性なのか?地域住民なのか外部の人間なのか?単独なのか複数なのか?・・・あちこちで犯人予想が飛び交っているが、私もひとつ犯人像を考えてみることにした。

女児と出会ってから殺害し遺棄するまでの時間があまりに短いことから、犯人の目的はビデオ撮影だったのではないだろうか(車中か室内かは定かではないが)。その証拠に、すぐに遺体は用済みとばかりに捨てている。これはビデオ撮影という目的を達したからこそだろう。(犯人がそのあと最もしたいことは、その子と一緒にいることではなく、撮ったビデオを見ることだろうから)
また、遺体には着衣の乱れが無かったということから、犯人は下腹部(局部)のみに執着するタイプであるという見方もできる。不謹慎なネットコミュニティなどで、少女に関して耳年増になっている男性の可能性もある。

この事から勝手に想像してみると、犯人は10代もしくは20代の男性で、独身。第二次成長後、小さな子供と親しく接した経験がなく(弟や妹がいないなど)、比較的趣味に没頭するタイプ。人付き合いはあまりないが、物には普段不自由しない環境かもしれない。遺棄の状況から車を使ったと見られているが、同じ広島市内の住人である可能性が高いような・・・気がする。

・・・と、私も勝手に想像してみたが、実際はまったく違うのかもしれない。犯人に結びつく情報があまりに少ないので様々な憶測が浮かんでくるが、結末は想像もできない。
だが、犯人が過去に地元の小学校の運動会に来ていた可能性も無いとは言えない。被害者が通っていた学校の今年の運動会のビデオ映像(親が撮影したビデオの数々)の中に、不審な撮影者が映っていないかどうかをチェックするのも必要だろう。

可愛がっていた犬に会うため、当日通学路とは違う道をひとりで通ったというのがなんとも痛ましい。犯人と女児の様子を見た者がいるとすれば、この犬だけなのかもしれない。(゜へ゜)

【後日追記】
11月30日未明、犯人が逮捕された。結局、私が予想した犯人像は大きく外れていた。近くに住む男ではあったが、まさか30歳の外国人だったとは・・・。
犯人が逮捕されたとはいえ、今後も安心はできない。こういう犯罪が起きやすい土壌は未だ存在している。
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by rukachas | 2005-11-27 17:07 | ニュースの話 | Comments(0)
小さなキュービックスピーカー その2
c0039181_22521618.jpg7月9日にエレコムのミニスピーカー MS-77について書いてから(該当記事)「ミニスピーカー MS-77」というキーワードで検索してやってくる人もチラホラ。きっと買う前に下調べしている人もいるんだろうけど、私の記事の「意外に力強い音を出すので感心した」などという文面を読んで、音質に期待しすぎて買ってからガックリ・・・なんてことが無いよう、少し補足説明させていただく。

このMS-77、たとえ3千円以下のスピーカーであっても音質にはこだわる、という人にはハッキリ言ってお薦めしない。低域の落ち込みが激しいからだ。バスドラなどはほとんど聞こえない。
このスピーカーのウリはデザインと小ささだからしょうがないが、かといって音がメチャメチャ悪いかというとそうでもないので、私自身は結構気に入っている。だが音楽を鳴らすことをメインにするなら、グラフィック・イコライザー(周波数ごとにレベルを調節できる装置、またはそのような機能)か、小型のサブウーファーが必要かと思う。

私は最初、iMacの両脇にそのままポンと置いて聴いていたが(7月9日の記事の写真参照)、机で中高音が反射するせいか、よけいに低域の痩せが目立ってしまった。壁に近づけたり本などで囲むと多少はマシになるが、せっかくのミニスピーカーなのに周りをゴチャゴチャさせたくはない。
結局iMacの上、つまり耳のほぼ正面に置いたときが一番低域が大きく感じられたので、そこに据えることにした。剥がしあとが残らないタイプの両面テープでシッカリと固定。なんだか大きな口を開けたカエルにも見える。(上の写真)

この状態で、iTunesのイコライザを使って低域を持ち上げると、そこそこ満足できる音質になった。私のiTunesの、MS-77用イコライザ設定は...
c0039181_22523268.jpg

こんな感じ。
ドンドンという響くような音は出ないが、バンバンというアタック音は、このサイズのスピーカーとしては大したもんだ。

MS-77は据え置き型と考えるよりも、ノートパソコンやiPodとペアで持ち歩き、旅先で使うものだと考えたほうが良い(AC電源が必要なので外では使えないが)。とくにiPodとペアなら、小さなバッグに入れてもさほど荷物にはならないからね。
いちおうフォローには、なったかな?σ(^_^;)
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by rukachas | 2005-11-22 22:53 | 電気製品の話 | Comments(0)
そのセキュリティは万全か?
ドロボウここを見ている方は皆パソコンを使っているわけだが、ネットへの常時接続が当たり前の今では、定期的なOSのアップデートは必要不可欠。これはOSの機能強化や不具合の修正だけでなく、コンピュータウィルスの感染や外部からの不正侵入を防ぐための対策でもある。(脆弱性への対応)
このようなOSのアップデートやセキュリティソフト、アンチウィルスソフトの導入により、ユーザーはネットの脅威に対してある程度の防御ができる。これは対象がプログラムであるため確実なデータが取れ、亜種に対してもある程度の予測がつくからこそ、効を奏しているわけだ。

しかし相手が人間の場合は、いくらデータを取っても他の者が同じ行動をとるとは限らない。つまりこうしておけば安全という確実な防御手段は存在しない。
私は2年前、現在の住居に引っ越してきたばかりの頃、数ヶ月で3度の窃盗被害にあった。最初は、家の前に止めておいた原付バイクのガソリンが、夜中のうちにこっそり抜き取られていた。2度目はその数ヶ月後、今度はバイクそのものが盗まれてしまった。盗難届を出しておいたら、1週間後に隣の市の警察から「路上に乗り捨ててあるのが見つかった」と連絡が入り、取り戻すことができたが、鍵穴をこじ開けられており修理を余儀なくされた。
それからはもう盗まれてなるものかと、バイクの鍵だけでなく、ボディを丈夫なクサリでガッチリ固定するようにしたのだが、すると今度は座席の部分をこじ開けられ、中のバッテリーを盗まれてしまった。すべて夜中のうちの犯行だった。

うちはそれ以来防犯のため、夜は玄関前のライトを常時点けておくようにしている(バイクの周りを明るくしている)。ところが最初これに異論を唱えたのは私の親父だった。「明るくしたら『こりゃあ明るくて盗みやすいや!』と、泥棒が余計よってくるだろが」と言うのだ。
人間の心理として明るい場所では犯罪を起こしにくいのだから、ライトを点けて明るくしておくのは防犯の常套手段だ。そのために防犯ライトというのがあるのだし、女性が暗い夜道を避けて歩くのもそのためだ。私は、明るいほうが盗まれやすいと言う親父の非常識さに、半ば呆れてしまった。

しかしよくよく考えてみると、親父の言うような人間も絶対にいないとは言い切れない。もちろん家の前を明るくしておくことは正しいことだと思う。盗みにしても放火やイタズラにしても、圧倒的に暗い場所での被害が多いのだから。
だが中には、明るかろうと堂々と犯罪を犯す者もいるだろうし、昼間でも人前でもおかまいなしの者もいるだろう。犯罪とまではいかなくても、マナー違反、モラル欠如と思われる行動をとる人も多い。悪いことをカッコイイと思い込んでいる若者も大勢いる。
「花を取らないで」で花をむしり取ったり、「入るべからず」に立ち入ったり、遊泳禁止区域と知って泳いだり、禁じられている場所で煙草を吸ったりケータイで話したり・・・と、わずかではあるが人々のお願いを積極的に裏切る者がいる。犯罪への対処が、かえって犯罪を誘発することもあるわけだ。

たとえば、子供への防犯のため、通学路に警備員や学校関係者を配置する学校も多くなっているが、配置する大人の数が多くなれば多くなるほど、その中に子供の敵が含まれる確率も多くなる。学校関係者だからといって、必ずしも子供の味方だとは限らない。子供の敵となりうる者をどう識別すれば良いのだろう。

セキュリティのため様々な手段を講じるのは良いことだが、人間はプログラムのように決められた動作をするわけではない。先ほどの夜中のライトの件でいえば、わざわざライトの点いた明るい場所で盗みをはたらく者も、数は少ないが確実に存在しているだろう。
この世の中、どんな例外的行動をとる者がいるかわからない。ましてや相手が精神に障害のある者だったら、なおさら予測が難しい。
だがセキュリティにおいては一部の例外を軽んじてはいけない。その例外のため、大切な子供を失うことさえあるのだから。
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by rukachas | 2005-11-20 22:57 | Comments(0)
古い写真をコツコツと...
古い写真先週から、私の古いMacとフラットベッドスキャナをフル稼働させている。オフクロのアルバムに残る膨大な写真をDVDに焼き、テレビでスライドショーにして見られるようにするためだ。
うちの古い写真には証明写真のようにサイズが小さいものが多いので、オフクロにとってはテレビに拡大表示されたほうが見やすいし、それにBGM付きでみんなで観覧できるからね。私にとっては、貴重な親兄妹の写真を保存しておくという意味のほうが強いが。

しかし大変なのは取り込む写真の数。オフクロに、DVDにしたい写真をアルバムから選んで剥がして持ってきてと頼んだら、その数なんと500枚以上。これを1枚1枚画像修正して仕上げていくのだから、気が遠くなるような作業だ。

「そんなのダーッとスキャンして画像を切り抜いたらそれで済むことじゃん」なんて思う人もいるかもしれないが、そういうわけにはいかない。なにしろ古い写真なのでかなり変色しており、汚れやキズも多く、中には印画紙自体がパリパリとめくれ上がっているものもある。
私はこの古くなった写真を保存したいのではなく、できる限り元に近い画像を保存したいので、ひとつひとつ修正しているというわけ。

フィルムならここまで劣化していないだろうから、本当ならフィルムからスキャンしたいところだが、古~い写真はネガが残っておらず、残っていてもオフクロが整理せずにしまってあるので、どの写真のネガがどこにあるのかさえわからない。それで仕方なく、アルバムから剥がした印画紙をスキャンしている。現在は修正も含めて、約6分の1ほど終わったところ。

私も何かと忙しいのでこればっかりやるわけにはいかないが、オフクロが出来上がるのを楽しみにしているので、休みの日には集中して作業するようにしている。でも枚数の多さにちょっと飽き気味なんだけど・・・。(/д\)

オフクロは「何ヶ月かかったっていいんだよ~」と言っているが、あとから写真を追加したり順番を指示したりして、内心待ち遠しいのがミエミエだ。私がモノ作りにのめり込むタイプだと一番知っているのはオフクロなので、たぶんそれを見越した上で言っているのだろう。
案の定、私の心の中に「早く作らなければ」という焦りの気持ちではなく、「自分も早く見てみたい」という待ち遠しさが現れてきた。このへんがオフクロの上手さだなぁ。(^^)
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by rukachas | 2005-11-17 00:30 | モノの話 | Comments(0)
楽しい会話は葉っぱがいっぱい
語り部べつに自慢するわけではないが、私は子供の心を捉えた話し方をするのが上手いようだ。私が子供たちと話をすると、大抵の子は私の話を食い入るように聞いてくれる。

それは甥や姪だけではなく、去年親戚の結婚式に行ったときに出会った、いとこの子供たちもそうだった。さらに思い起こせば、若い頃、撮影を通じて知り合った多くの子供たちもそうだった。みんな私の話を、楽しそうに目を輝かせながら聞き入っていた。
年少の甥っ子ふたりに至っては、うちにお泊まりしたときは、私の話を聞きながら寝るのを楽しみにしているし、中学生の甥と高校生の姪も、私と話がしたいがためにわざわざやってくることもあるくらいだ。

私は子供に話をするとき、無意識のうちに話すテンポが8割ほどに遅くなり、一音一音正確に伝えようとしていたりする。身振り手振りも大きくなっていき、まるで語り部(かたりべ)だ。
だが食い入るように聞いてくれる子が多いのは、きっとそれだけが理由ではないはず。そう思って客観的に考えてみると、2つほど理由が浮かんだ。

ひとつは私の声質。じつは私は非常に通りにくい声をしている。といっても、こもっているとか野太いとかダミ声というわけではない。多分これといって特徴の無い声だろう。
しかし距離に対する減衰率が大きい声だということは、学生の頃からわかっていた。授業中、教師に何度「聞こえねぇぞ~!」と言われたかわからない。卒業式の予行演習で、名前を呼ばれた時のハイと言う返事が小さいと、何度も反復させられたこともあった。
目の前の友人が言うには、声の大きさは決して小さくないらしい。ただ、どんなに大声を出しても、数メートルも離れるととたんに減衰してしまう。つまり言ってみれば、空気に溶け込みやすい声だということ。

まずこの声質が、子供たちを聞く気にさせるのかもしれない。幼稚園の先生などがよく使う手だが、騒いで注目しない子の注意を引きつけるため、わざと声を聞こえにくくしてしゃべるのと同じ効果があるのかもしれない。

2つ目の理由は、私の話す、妙に説明的で回りくどい文章にある。本題をストレートに伝えず、他のモノに例えたり、主題をわざと逸らしたりまた戻したり。
たとえばショートケーキを食べたことを伝えるとする。簡単に言えば「イチゴのショートケーキを食べた。とても美味しかった」と、これだけで済む。
しかしこれでは食べたことしか伝わらない。そこでイメージをたくさん付けるわけだ。「目が痛くなるほど真っ赤な色をしたイチゴ」「クリームで飾り付けられたスポンジが女王様のベッドのよう」「カチャカチャと音を立てるお皿」「スプーンには何が映る」
さらに「あまりの美味しさに思わず・・・」とくれば、次の句が気になりもする。

子供は言葉を聞くと、すぐにそのイメージが頭に浮かぶ。よってこのようにイメージがちりばめられた話ほど、気を引きつけられやすい。もっともただの無駄話なら「結局何が言いたいの?」と飽きられてしまうが。

会話に限らずブログにしてもメールにしても、言いたいことはできるだけ簡潔な文章で伝えるのが良いとされている。もし物書きのプロが私の文章の校正をしたら、きっと半分以下に縮められ「無駄な言い回しが多い」とかなんとか言われるだろうね。
だが肝心なことを忘れてはいけない。簡潔な文章で伝えたほうが良いのは相手が大人の場合。そのような文章は、木に例えるなら枝の無いまっすぐな大木だ。幹(話の本筋)がしっかりと通っていれば良い。

ところが幼い子供を楽しませる会話となるとちょっと勝手が違ってくる。幹は多少細くても良い、まっすぐじゃなくても良い。その代わりたくさんの小枝(分岐)があり、たくさんの葉っぱ(イメージ)が付いているような会話が、子供たちの心を引きつけるのだ。

ついでにもうひとつ。私は子供たちと話をするとき、最初に質問から入ることも多い。「宿題は何だった?」とか「最近なんか映画見た?」とか何でもいいのだが、それに対して返ってきた返事を、次の会話のテーマにすることがよくある。
これはその子の嗜好から会話が的外れにならないための手立てでもあるのだが、相手の返事に含まれる言葉を頼りに会話を移り変えていくというのは、会話をだらけさせないひとつの手法でもある。

つまり、楽しい会話の基本は「言葉の連鎖」だ。連鎖があるから自分がしゃべるだけじゃなく相手の話もきちんと聞くし、意外な本音が飛び出すこともある。妙に説明的だったり回りくどかったとしても、そこには不思議の国のアリス的な楽しさがある。

子供たちが私の話に聞き入る理由として、最初に言った声質うんぬんは思い込みかもしれないが、「イメージの葉っぱ」をたくさん付けた文章と「言葉の連鎖」をふんだんに使った会話というのは、あながち見当違いでもないだろう。これらを全部ひっくるめて、子供を引きつける話術というのかもしれない。
私が文章を書くとき、1、2行で済む内容で10行も20行も書いてしまうのは、このような子供たちに対する会話がすっかり癖になってしまったからだ。

去年、私のいとこの子である小学2年生の女の子は、初対面の私に色々と悩みを打ち明けてくれた。内容については明かせないが、最初に出会ったとき、寂しそうな表情がとても印象的だった。
私はこの子と公園のブランコに座りながら話をし、月の満ち欠けの例え話でこの子を笑顔にすることができた。この月の話も、たくさん葉っぱを付けた何気ない会話から、連鎖で生まれたものだった。
教訓めいた話も、ただ聞かされるだけでは納得しづらい。いや、それ以前に共感しづらい。だが会話の中で自然に流れるように生まれた例え話なら、小さな子の不安感をも和らげてあげることができる。

思春期の子を持つ親の中には、子供とほとんど話をしない人も多いと聞く。子供も、すぐに言い合いになるからと、親との会話を避けるようになる。
だがそれは、互いに話がストレート過ぎるからだ。太い幹だけの大木をぶつけ、用件だけ伝えれば良いというものではない。七夕の笹の葉のように、たくさんの葉っぱが付いたそよそよとした話をたくさんしてみるべきだ。
伝えなければいけないことは、たんざくにでも書いて吊るしておけば、自分で手に取るだろうから。
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by rukachas | 2005-11-12 21:54 | 子供の話 | Comments(0)
タマなしRUKA
玉じつは私は、子供の頃に手術で二つのタマを切除している。これを言うと大抵驚かれてしまうが本当の話。

小学4年の頃だったが、私は医者の前に座らされ、血を見ないようにと看護婦に目隠しをされた。すると敏感な部分に麻酔注射がブスリ!麻酔が効きはじめた頃、大きなハサミのような器具でチョキンと切られ、ほんの数分で見事に二つとも取り除かれてしまった。

目隠しを取ったとき一瞬見えたのは、血がべったりと付いたタマが2個、トレイの上に置かれている光景。
私は痛みと、手術が終わった安堵感で泣きだしてしまったのだが、同じ日に同じ手術をした二十歳の女性も「もうこりごり」と言っていたのを憶えている。そう、昔は大人でも切除する人は多かったね。

・・・ん?おや、なんか勘違いしてな~い?私がやったのは「扁桃腺」の手術だよ。ほら、口の奥のノドの両わきに玉っころがあるっしょ?あれあれ。
子供の頃から扁桃腺が腫れる高熱持ちだったので、いっそのこと取ってしまおうってことになったわけ。取られた扁桃腺は、小振りのタコ焼きみたいに真ん丸でプリプリしていた。

もしかしてあっちのタマだと思った? いや~あっちのほうは問題無し。いたってピンピンしてます。
いや、ピンピンしてるのはタマのほうじゃなくて・・・って、んなこたぁどうでもいいですが。(^^;)
珍しく下ネタで締めてみました~。( ̄▽ ̄;A
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by rukachas | 2005-11-10 23:13 | Comments(0)
コピーする側される側
コピー何年か前、手持ちのスキャナとプリンタで千円札の絵柄をどの程度再現できるのか調べたことがあった。
聞くところによると、紙幣は同じ大きさの紙に裏表両面を印刷して初めて偽造になるらしい。私はA4判のプリンタ用紙に片面印刷しただけで、裏は真っ白のまま。
もちろん画質を確認したらすぐにハサミでバラバラに切って捨てたのは言うまでもないが。

結果としては、細かな線や文字は潰れるしディテールは再現できないしで、たとえ高解像度のスキャナとプリンタを使ったとしても、お札の緻密な絵柄を再現するのは不可能に近い。大体すかしもなければ紙の質感もまるで違うので、近くで見れば一見して偽物とわかる。

しかし、子供銀行券のようなモノができたとしても、パソコンを使って簡単にお金の「ニセモノ」を作れるのは確かなわけだ。
同じように、本をスキャンして印刷すればその本のニセモノができる。CDのデータをCD-RにコピーすればそのCDのニセモノができる。もちろんバックアップとして個人的に使用する意味においてだが。

お金の場合はいかに本物そっくりに作ろうとも一切使用できないが(重罪です)、このように商品となれば、ときにはニセモノが本物以上の需要を得ることもある。CDをCD-Rに複製することで、車の中や野外などCDを痛めそうな場所でも気軽に聴けたり、アルバムの写真をプリンタで複製することで、汚れそうな場所でも気軽に飾っておけたり・・・。
同じ意味で人間のニセモノ、つまりモノマネタレントの中にも本物より人気がある人もいるし、元のバンドよりもコピーバンドのほうが良い演奏をすることもあるだろう。ついでに言えば、本物のカニよりもカニかまぼこのほうが好きという人もいる。

しかし、オリジナルよりも優れた商品を作ってしまえばそれはコピーではないし、モノマネタレントが本物よりも上手に歌ってしまえば、もはやマネではなくなってしまう。オリジナルをしのぐほどの技術を持っていても独自の商品として売り出さないのは、オリジナルの人気に便乗したほうが確実に売れるからだ。だから世の中、コピー商品、パクリ商品は後を絶たない。

私が好きなものに、Macでお馴染みの「Apple社」と「平沢 進」さんというミュージシャンがいる。Apple社もMacOSからiPodまで、今まで他社に何度もマネをされてきた。
平沢さんの場合は、マネしたくてもマネできないブッ飛んだ世界観のため現在でも唯一無二の音楽になっているが、この両者に共通点があるとすればそれは「独創性」だ。人の真似をしないと気が済まない人が多い日本では、あまり優遇されないキーワードだが。

消費者もモノを買うとき、流行や売れ行きやネームバリューではなく、質やオリジナリティを重視するようになれば、自ずとトラブルも減っていくだろう。
それは事件性のあるものから、パソコンの不具合という単純なものまで、様々なトラブルに対して有効な自衛策でもある。
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by rukachas | 2005-11-08 23:49 | モノの話 | Comments(0)
グレープジュース
ジュース一昨日あたりからまた風邪をひいてしまった。といっても今回はさほど酷くはなく、ちょっと鼻水が出る程度。たぶん朝方の冷え込みとエアコンの乾燥で、ウィルスに対する抵抗力が弱っていたのだろう。

私は風邪をひいたとき、グレープジュースが無性に飲みたくなる。炭酸入りではなく、100%のジュース。これを飲んだときと飲まなかったときでは、風邪の治りに差が出るような気がしている。あくまでも気がする程度だが。

子供の頃、値段が高くて滅多に食べられなかったブドウ。夏休みに田舎に行ったときにだけ、たっぷり食べることができた巨峰やマスカット。その果汁100%のジュースなど、子供の私にとってはかなり贅沢な飲み物に思えた。(濃縮果汁還元だけどね)

そしてあの味。甘くてほんのり酸っぱくて、紫色の濃厚な液体が口いっぱいにひろがるときの、あの芳醇な味わい。口に含みながら、ほんの少しずつ喉を通して飲んでいたのが昨日の事のようだ。
普段買う炭酸ジュースももちろんファンタグレープ。あの頃のファンタはグレープとオレンジしかなかったが、グレープは私の、オレンジは妹のと勝手に決めつけて買っていたっけ。(^^)

もしたくさんの飲み物がテーブルの上に置かれていて、どれでも好きなものをと言われたら、やはり今でもグレープジュースに手を伸ばすだろう。そのとなりに1本数百万円のボトルがあったとしても、私はごく普通の安いグレープジュースを飲みたい。
子供の頃に感じた価値観は、今でも100%グレープジュースのように濃厚なのです。
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by rukachas | 2005-11-05 20:54 | モノの話 | Comments(0)
カネ無し ヒマ無し ネタも無し!
ブログ書きこのブログも書き始めてからもう10ヶ月になる。「雑記ノート」とは言いながら、根っからの長文グセのため、大して内容のない文章までもつい長々と書き綴ってしまう。よく言えば説明的、悪く言えばクドクドしい、回りくどいってことかな。
これについては私も十分認識しているし、良い文章の基本は簡潔さであることも知っている。だが私の文章が回りくどいのには理由がある。これも実は子供がらみなのだが、それが何なのかは後日あらためて書こうと思っている。

単なる個人が忙しさの合間に書いているブログだから、内容と更新頻度の両方を充実させるのは正直無理がある。もちろんそれをやり遂げている方もいるが、私にはとーてい無理。(^^;)
となると、週1でもいいからそこそこ読ませるコラムを書いたほうが良いのか。それとも、内容は日記レベルにまで落ちてもいいから、毎日更新するべきなのか?このへんが迷うところだ。

・・・なんて、難しく考えているうちは、ブログ書きが日常生活に溶け込んでいないってことなんだろうね。もっと気楽に、その日見たこと聞いたこと感じたことを文章にできればイイなぁ。そして声を大にして訴えたい事柄があれば、コラムとしてしっかり綴っていきたい。これがすべてコンスタントにできれば気も楽なんだけどねぇ。

じゃあ、今日は軽く日記でも書いてみよう。
「今日は、起きて飯を食って、会社に行って仕事をした。仕事が終わって家に帰り、飯を食ってテレビを見て、今こうしてブログを書いている」
ありゃ、もう終わっちゃった!
毎日同じことの繰り返しじゃ、ネタも浮かばんわなぁ。(´Д`)
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by rukachas | 2005-11-04 23:54 | Net&Webの話 | Comments(0)