子供大好きRUKAの雑記帳
by RUKA
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<   2006年 03月 ( 6 )   > この月の画像一覧
XPで◯◯ができましぇ~ん(T^T)
c0039181_23461377.jpgこのところパソコンのことばかり書いているが、今回も使い始めたWindowsXPについて。
あれからさらにいじってみた。あまり代わり映えはしないが、画面解像度を1152×864にし、右端にウィジェットをいくつか置いてみた。(写真クリックで原寸大)

しかし、使っているうちに不便なところも目立ってきた。Macでは当たり前にできることが、Winではできないか、できたとしても手間がかかってしまう。私がやり方を知らないだけかもしれないので、やり方を知っている方はぜひ教えてください。<(_ _)>

不便その1。
メモ帳で文章の途中にカーソルを合わせて文字を挿入するとき、新たに打ち込んだ文字でそれ以降の文字が隠れてしまい、Enterで確定するまで文章のつながりが確認できない。
Macのテキストエディットは、文字を打ち込んだ時点で、それ以降の文字が後ろにずれていくので挿入しやすい。

不便その2。
ブラウザのアドレスバーなどで、文字列の途中から前全部を、または途中から最後までを選択状態にするとき、マウスをその文字の分、横に動かさなくてはならない。
Macではクリックしてちょっと斜め前にずらすとそれより前を、ちょっと斜め後ろにずらすとそれより後をすべて選択してくれる。

不便その3。
フォルダのウィンドウがアプリケーションのウィンドウに隠れたとき、そのフォルダウィンドウを前面に出すのに、いちいちタスクバーから該当するボタンを探してクリックしないと出てこない。ボタンをグループ化する機能を使っているときはさらに面倒で、クリックしてメニューを出してそこから選んでと、ただウインドウを表示するだけなのに手間がかかりすぎる。
MacではDockのFinderアイコンをクリックするか、デスクトップのどこか好きなところをクリックするだけで、フォルダウィンドウが前面に出てくる。

不便その4。
ごみ箱のプロパティで「削除の確認メッセージを表示」のチェックを外していても、ごみ箱を空にするときに必ず確認メッセージが表示されてしまう。ごみ箱を空にする行為は、その中身がいらないから空にするのであって、メッセージが出てもOKを押すのだからメッセージが出なくても同じこと。
Macではゴミ箱を空にするときに確認メッセージを表示するかしないかを、自由に選択できる。

不便その5。
スタートメニューなどで、フォルダの中身が階層表示されているとき、そこを辿るときにマウスポインタが他のフォルダアイコンに少しでも乗ると、そのフォルダの階層表示に切り変わってしまう。つまり、辿るときにポインタを真横→縦→真横→縦、と動かさなければならない。
Macはマウスが縦移動なのか斜め移動なのかを検知し、縦移動の場合はポインタが乗ったフォルダの階層をすぐ表示するが、斜め移動の場合はポインタが他のフォルダアイコンに乗ってもすぐには表示せず、現在開いているメニューを維持する。そのため、かなりアバウトな(斜めな)マウスさばきでも楽に目的のアイコンに辿り着ける。

不便その6。
タスクバー右端の時計をカスタマイズするソフトはあるが、標準で12時間表記にしたり曜日を表示することができないのは残念。
Macでは標準で12時間24時間表記の切り替え、AMPM表示、秒表示、曜日表示、アラーム設定ができる。
(訂正:Winはコントロールパネルの「地域と言語のオプション」で12時間表記にできました)

不便その7。
ショートカットアイコンの本体(オリジナル)を探したいとき、アイコンを右クリックしてプロパティを表示し、「リンク先を探す」のボタンを押さないと表示されないのでちょっと面倒。
Macではアイコンを選択して、キーボードのコマンドキーとRキーを押せばすぐに本体が見つかる。

不便その8。
アプリによって、ファイルメニューの一番下が「終了」となっていたり「閉じる」となっていたりと統一性が無い。ファイルメニューの「終了」と右上の閉じるボタンの挙動の違いも曖昧。
そのため終了せずにウィンドウだけを閉じようと思って(最小化だとタスクバーが狭くなるから)、右上の閉じるボタンをクリックし、結局終了させてしまうことがある。こうなると、使うたびに起動しなおさなければならない。
Macは終了させるまでもないアプリは、起ち上げたままウィンドウだけ閉じておくことができる。また、複数のウィンドウを開いていても、起ち上げるアプリはひとつで済む。

不便その9。
ファイルをCD-Rに焼くとき、CD-Rのウィンドウにファイルをドラッグ&ドロップでコピーしてから焼くが、このときディスク容量よりもファイルサイズのほうが大きいとサイズ過多のアラートが出る。しかしアラートが出るのが焼き直前なので、これではコピーに要した時間が無駄になってしまう。
Macは挿入したディスクに応じて容量が確保されるので、もしファイルサイズが大きければコピーする段階でアラートが出る。また、残り容量も表示されるため、複数のファイルをコピーするときにファイル選択がしやすい。

不便その10。
サイズが数ギガあるファイルをごみ箱に捨てるとき、ごみ箱の容量をプロパティで100%にしているにもかかわらず「ファイルが大きすぎます」とアラーとが出て移動できない。
さらに、たとえば10個のファイルをごみ箱に捨てたとする。ところがごみ箱を開くとなんと中身が7個や6個に減っていたりする。勝手に消すなよ・・・。

不便その11。
ファイル名を変更しようとすると、このファイルは使われていますとかなんとか出て、変更できないことがあまりに多い。(実際には使われていない)
Macは、たとえ使用中のファイルであってもファイル名を変更できる。

以上が、私がWindowsXPを使って不便だと感じたこと。標準の設定で簡単に改善できることなのか?それとも何かユーティリティソフトを使えば可能なのか?あるいはシステムをいじる必要があるのか?
今までどおりMacをメインで使っていけば何の問題もないが、同時に使うこともあるWinだからこそ、「おや?」の数をなるべく少なくしていきたい。
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by rukachas | 2006-03-31 23:46 | Mac&Winの話 | Comments(0)
OSX-XP
c0039181_1564676.jpg先週知り合いから貰ったPCでWindows XPを一週間使ってみて、Windowsもずいぶんと解りやすくなったなと感じた。だがこの解りやすさはMacOS Xの解りやすさとはちょっと違い、ウィザードで手順を追ったり、説明文を表示することで成している。
そのためOSXと比べると、たくさんのボタンから選ぶ、複数の選択肢から手順を追う、という作業が多いような気がする。デフォルトでは画面上の文字情報も多く、説明書に向かって作業しているような印象さえ受けた。

この違いは例えれば、目的地に対して複数の道が見えており、もっとも効率良く辿り着ける道をユーザーに指示してくれるのがWindows。目的地に応じて、そのときにもっとも効率の良い道だけが現れるのがMac、といったところだろうか。
どちらが良いかは使うソフトや行う作業によっても変わるので一概には言えないし、作業効率もマシンの性能が違えば単純に比べることはできない。それぞれに良さがあるので、私も目的によって使い分けていこうと思う。

c0039181_157936.jpg私のPCとiMacの現在のデスクトップ画面を貼ってみた。上の写真がWin XPで、下の写真がMacOS X (10.3 Panther)。どちらも見た目はほぼデフォルトだが、ソフトを追加し、ウインドウのツールバーなどは使いやすいように変更してある。
同じ壁紙を貼り、メモ帳、ワードパッド、電卓、iTunes(Macではそれぞれスティッキーズ、テキストエディット、計算機、iTunes)を起動し、Program Filesフォルダ(Macではアプリケーションフォルダ)を開き、スタートメニュー(Macではアップルメニュー)を表示させた状態。

こうして比べてみると、よく言われているとおりフォントの表示はたしかにOSXのほうが奇麗だ。XPは大きな文字でないとアンチエイリアスがかからないらしい。だが以前、Windowsを使っている甥っ子から「Macってぼやけてない?」と言われたこともあり、これも好きずきということだろう。
デスクトップのアイコンは左右どちらにあったほうが好きか? タスクバー(Macではメニューバー)は画面の上下どちらにあったほうが好きか? と、すべて好みの問題。

だがOSの明確な「使いやすさ」は、説明による道案内やアイコンによる表示の簡略化だけでは向上しない。たぶん人間工学だけでなく心理学とも絡んでくる絶妙なものなのだろう。
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by rukachas | 2006-03-25 01:58 | Mac&Winの話 | Comments(2)
PCとXPを貰ってしまった
c0039181_2113776.jpg先週末、ひょんなことから中古のPCが手に入った。知り合いが譲ってくれたのだが、2000年頃のノーブランド品で、CPUはアスロンの1GHz、メモリは640MB、ハードディスクは80GBとなかなか使えそうなスペック。nVidia GeForce搭載のグラフィックボードとUSB2.0のインターフェースボードも後付けされている。もちろんWindowsXPのインストールCDも付け、ライセンスごと譲渡してくれた。(^o^)

まずは筐体の中を開けてチェック&お掃除。ブロワーでホコリを掃い、ゴチャゴチャとしていたコード類も空気の流れを阻害しないように整頓。ディスクステーやスロットに多少ガタツキのある箇所があったので、新しいビスを買ってきて締めなおした。
貰ったのは本体のみなので、モニタは今まで古いMacで使ってきたソニーのCRTを使用。キーボードは近所の電気屋でエレコムのやっすいヤツを買ってきてそれを使用。ついでにロジテックのCD-R/RWドライブも繋いでセッティング完了。

XPをインストールするにあたって最初に「おやっ?」と思ったのは、インストールCDから起動しなかったこと。CD起動をサポートしない機種もあるのでこれもそうなのかなと思ったのだが、どうやら違っていて、起動直後にキーボードが認識されていないことが原因だったようだ。(キーが押されないとそのままHDDからのブートに移る)
買ってきたキーボードがUSBだったのに、BIOSの設定がUSB Legacy Support→Disabledになっていたからだ。MacならキーボードのCキーを押していればCDで起動するが、PCはBIOSの設定を変更しなければいけない場合もある。でもBIOSは英文ばかりでちょっと解りにくい。ユーザー側で細かな調整ができるのは強みだけど、諸刃の剣でもあるからね。

とりあえずBIOSを設定しなおしてCDブートして、XPをインストール。続けてWindows Updateを済ませて各種ドライバもインストール。こうして私の部屋にWindows環境ができあがった。
Win2000までは使っていたけど、XPは初体験。さて、OS Xほどの楽しさがXPにはあるんだろうか?
次回はXPを1週間使ってみての感想や気づいたことなどを、チョコチョコッと書いてみようかな。
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by rukachas | 2006-03-22 21:14 | Mac&Winの話 | Comments(0)
ノスタルジック・テクノロジー
変身ベルト茶柱が立つと縁起が良い。下駄の鼻緒が切れると縁起が悪い。ではズボンのベルトが切れたらどっちなんだろう?
今日、ベルトが見事にぶっちぎれた。最近ゆるくなったと感じていたので、少しは腹がへこんだのかなと思っていたのだが、実際はベルトのほうが伸び気味だったという真実。私の腹筋、ではなくたるんだ肉がベルトに勝った瞬間だった。

ベルトといえば、最近オモチャメーカーのバンダイが、あるベルトの発売を発表した。それは懐かしの仮面ライダー1号の変身ベルト。「あ~、あのオモチャの」と言うなかれ。今度のは約3万円もする本格派アイテムだ。
バンダイの該当記事

仮面ライダー生誕35周年を記念して3月下旬から発売すると発表したところ、30、40代の男性を中心にもの凄い反響があったそうだ。同社への問い合わせが殺到しているらしい。
当時のオモチャの変身ベルト(1500円)に夢中になった世代が、再び目を輝かしているといったところだろうか。実は私も1970年頃、誕生日にこの変身ベルトを買ってもらったことがある。たしかスイッチを入れると前面の風車がモーターで回るタイプだったと記憶しているが、今回の大人向け変身ベルトはLEDを採用し、当時のオリジナル番組の発光パターンと変身サウンドを再現している。

この高価な変身ベルトをちょっと出っ張った腹に巻きつけ、子供の前でライダー1号の変身ポーズをとるパパさんが全国に現れるかも。子供のセリフは「カッコイイ~」だろうか、それとも「ダッセェ~」だろうか。ベルトがヒーローアイテムに見えるか、体脂肪率測定機に見えるかによるかもしれない。(^_^;)

私は以前の記事で「ノスタルジーを負かすほどのテクノロジーは存在しない」と書いたが(該当記事)、このベルトに対する反響などまさにそのとおり。
今の子供向けのオモチャであったら、液晶画面に様々なエフェクトが表示されたり、ボディ自体にギミックが施されていなければ人気は出ないだろう。(今のものは既にそうなっているのかもしれない)
しかし多くの大人にとってはそれで食指が動くことはない。いくら目新しくても、小細工が面白くてもオモチャはオモチャ。だが、ちょっとばかりの高級さとノスタルジーが絡めば、たとえLEDが光って音が出るだけのものでも十分売れるわけだ。過去の栄光を持つメーカーの強みとも言える。

大手電器メーカーのソニーも、携帯音楽プレーヤーの分野でAppleのiPodに苦戦を強いられているが、思い切って'80年代のウォークマンを復刻させたら意外に売れるのではないだろうか?1979年の初代機ではさすがに実用的とは言えないので、二代目以降のデザインで。
再生するメディアはもちろんカセットテープ。家の中に埋もれた古いテープを復活させるのに録音機能はいらない。再生さえできれば、パソコンに取り込んでデジタル化もできる。音質もワウフラッターも安いラジカセよりは良いはずだ。ついでにヘアーと呼ばれた軽量ヘッドホンも復活させてしまおう。

もはやこの分野でのソニー復興の立役者は、往年のウォークマンたち以外には無い。iPodのテクノロジーに対するはウォークマンのノスタルジー。
でももし発売が実現したら、30代以上の者にとっては嬉しいと同時に、なんとなく悲しい出来事かもしれないね。
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by rukachas | 2006-03-07 21:35 | モノの話 | Comments(0)
切手のお店と無線のお店
無線の切手今回は非常にローカル、かつピンポイントな話で申し訳ない。f(^_^;)
30年ほど前、全国的に切手のコレクションが流行ったことがあった。いわゆる切手ブーム。当時小学生だった私も友達が持っていたたくさんの切手を見るうち、自分も奇麗な切手を集めてみたくなった。そして人づてに、「ふじやスタンプ」という地元の切手ショップの名を知る。

ある雨の日、私は親父の運転する車に乗り、住所をたよりにその店へと向かった。ところが親父とふたりでいくら探しても、一向にそれらしい店が見つからない。散々探し回ったあげく、結局諦めて帰ってしまった。
大人になってから、懐かしさついでにもう一度、今度は徒歩で探してみたことがあったが、その時もやっぱり見つからなかった。きっと移転したか潰れたんだろうな、そう勝手に思い込んでいた。

しかし今日ネットで検索したら、今も店が健在であることが判明。場所も地図情報であっさり判明。当時その辺も探しまわったんだけどなぁ。なんで見つからなかったんだろう?
もし当時、この店を見つけて切手を買っていたら、もしかしたら今頃、切手コレクターになっていたかもしれない。

話変って中学生の頃、浦和高校の近くに「蒼社無線」という小さな店があった。当時も◯◯無線という名の電器屋は結構あったので、私はてっきりここも電器屋だとばかり思っていたのだが、ガラス戸から見える中の様子は電器屋とは明らかに違っていた。

当時の私は電気製品が大好きで、電器屋をハシゴして歩くような子だった。個人経営の小さな店でもラジカセなどを遠慮なくいじくり回しては、何も買わずにカタログだけ貰ってくるような子。この蒼社無線も、前を自転車で通るたびに、バスの窓から見えるたびに気になっていた店だったが、中学生の私にはなんとなく近寄りがたい雰囲気だった。
しかしなんてことはない。名前のとおり無線機の専門店だったわけだ。だがそれを知った頃、いつの間にかこの店も姿を消していた。

今日ネットで検索してみて、店は少し離れた場所に移転しただけで、今でも健在だと分かった。
もし当時、この店で初めて見る無線機に魅了されていたら、もしかしたら今頃、庭にデッカイアンテナを建てていたかもしれない。
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by rukachas | 2006-03-02 21:48 | 懐古の話 | Comments(0)
「子供好き」という言葉について考える
子供子供が「お馬さんが好き」と言ったら、それはぬいぐるみにしろ本物の馬にしろ、馬というものに好意を持っているということになる。
ところが大人が「私は馬が好きだ」と言った場合は、馬に好意を持っているという意味だけでなく、食材として馬肉が好きという意味にも取れるし、競馬に興じるのが好きという意味にも取れる。
人間にとってはすべて馬に関係している事柄でも、馬にとってみれば優しく世話してくれるのか、食べられてしまうのか、競争させられるのか、その違いは大きい。

これと同じような事例がもうひとつある。私が自分のサイトのテーマにもしている「子供好き」という言葉だ。
じつは私は当初、サイトの説明でこの言葉を使うかどうか大いに悩んだ。
しかし「すべての子供たちを大切にする人」という意味を端的に表した言葉がこれ以外に見つからなかったので、今でも「子供好きサイト」と称している。

何故悩んだのか。それは最近、いやもうずっと前からなのかもしれないが、この言葉がとんだ誤解を持って使われているからだ。

元々「子供好き」は褒め言葉だった。子煩悩な人、子供のことを親身に考える人には敬意を持って「あなたは子供好きですね」と褒め讃えた。
またそのような人も、自ら十分に人に誇れることだった。
ところが子供をただ好んでいるだけの人たちも自らを「子供好き」と称し始めた。
子供を好むから子供好き。文字通りに捉えればたしかに間違いではない。
しかし最初に述べた馬好きの例と同じく、「好き」にも様々な感情があるので注意が必要だ。

「子供好き」という言葉が悪しき誤解を受けやすいひとつの要因となっているのが、子供が犠牲となった事件のニュース報道。
たとえば幼い女の子がイタズラや痴漢の被害に遭い、犯人が逮捕されたというニュースが流れることがよくある。
その中で「犯人は”以前から幼い女の子が好きで犯行に及んだ”と話しています」というナレーションが流れれば、多くの視聴者は「これは”子供好き”による犯行だ」と思ってしまうだろう。
しかしこれも馬好きと同じく、好意を持ち世話をする人、食べてしまう人、私欲のために◯◯する人、と玉石混淆であることを人々は知らなければならない。

このような犯人は子供が好きと言いながらも「子供の◯◯が好き」だったり「子供に◯◯するのが好き」だったりと、子供をモノのように見ているか、あるいは自分の欲求(精神的欲求を含む)を満たすための手段として見ているかのどちらかだ。決して子供そのものを愛しているわけではない。
過去のコラムでも書いたことだが、水族館で魚の世話をする「魚好き」と、魚料理を食べる「魚好き」との違いに等しい。

このような、子供に被害をもたらす「エセ子供好き」から子供を守るのは、立場はどうあれ「子供好き」の人たちでしかない。
人類の明るい未来のためには、子供を愛する感情を地球上のすべての人が持たなければならない。

ただし勘違いしてはいけないのは、これは個人の好みまでは限定しないということ。
子供好きな人たちの中にも、自分の子だけが好き、男の子が好き、女の子が好き、幼児が好き、中学生が好きなどと、明確な好みを持っている人もいるだろう。
だがこれはちっとも悪いことではない。リンゴとバナナどっちが好きというのと同じく、対象が子供であっても人にはそれぞれ好みがあって然るべきだからだ。

だが、そこに「差別心」があっては子供好きとはいえない。
子供が行方不明になったというニュースに対する書き込みで、女の子なら心配だが男の子ならどうでもいい(またはその逆)とか、美人な子は貴重だがブな子はいらんなどの意見を見ると、この人の感情は前述した犯人に近いな、とさえ思える。

年齢、性別、容姿、その子の立場に関係なく、どのような子でも同じように愛し、差別心を持たないのが本当の子供好き。自己犠牲にも近いボランティア精神を持って子供に接することができる人こそ、本当の子供好き。子供という存在そのものを愛している人こそ、本当の子供好き。
保育士や教師には、そんな人になってもらいたい。
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by rukachas | 2006-03-01 22:56 | 子供の話 | Comments(0)