子供大好きRUKAの雑記帳
by RUKA
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行き過ぎたフィルタリングは正しい判断を鈍らせる
バイオハザード私はこのブログを「だ・である調」で書くことが多い。それは数行の簡単な文章で済ませていた初期の雑記のなごりでもあるのだが、堅い内容だと威圧的にもなりかねないので、今日は久々に「です・ます調」で書いてみることにする・・・いや、します。

4月12日に書いた「大人と子供で共に感じよう」と題した記事では、「大人と子供は物事に共感することで意思の疎通が計れるようになる。そのうえで大人は子供に対して、必要な情報をしっかりと伝えていこう」という話をしました。
何故このような話をしたかというと、最近パソコンショップのソフトウェアの広告で、子供への情報フィルタリングソフトをよく見かけるようになったからです。子供が使うパソコンにインストールしておくことで、子供が見るサイトを制限できるソフトです。

多くのフィルタリングソフトには、予めデータベースにいくつかの有害サイトが登録されていますが、子供自らアクセスしようとしたサイトがあからさまな有害サイトではない場合(そのケースのほうが多いと思いますが)、見れるか見れないかはページに含まれるキーワードや、親によるセッティング次第といえるでしょう。

となると、子供への悪い影響を考えての選り分けだけでなく、親の主観や思想によって選り分けてしまう可能性も出てきます。子供にジャイアンツのサイトを見せたくないと思うタイガースファンの親もいるかもしれませんし、将来子供に国家公務員になってほしい親は、漫画家やアニメーターがいかに素晴らしいかを描いたページを、見せたくないと思うかもしれません。
つまり、親が子供に「見せたい見せたくない」の選り分けは、必ずしも子供に悪影響を「及ぼす及ぼさない」の選り分けとは限らないということです。

とはいえ、フィルタリングソフトを導入することで、少なくとも暴力的なサイトやポルノサイト、出会い系サイトなどに子供がアクセスすることを防げるのですから(完全ではありませんが)、親としては何もしないでいるよりは安心できますね。

しかしここが大事なのですが、インターネットはテレビと違い勝手に映し出されるものではなく、自分からアクセスして見るものです。子供が有害サイトを見ることだけを問題視する大人が多いようですが、そもそも有害サイトを見ようと思うその子の心の内を、もっと考えてやらなければいけません。壁を作るだけでは乗り越えようとするだけです。

また、ひとくちに有害サイトといっても、暴力、犯罪、自殺、ポルノ、ヌード、セックスなどの単語が含まれているというだけで有害だとフィルタリングされてしまうサイトも少なくありません。
事実このブログも、今これらの単語を書いたために、キッズgooの検索結果からここへはアクセスできなくなったはずです。(フィルタリングされてしまうので表示されない)

ですから、ネットの影響について書かれた文章でよく見かける「暴力、ポルノ、差別など、子供たちに見せたくないサイト」という文章は、正しくは「暴力、ポルノ、差別などを”肯定している”、子供たちに見せたくないサイト」とするべきではないでしょうか。
私は暴力やポルノや差別について書かれているページをもし自分の子供が見たとしても、それが悪いことであると教えてくれるサイトなら閲覧禁止にはしません。なぜならこの場合の「影響」は、良影響であり悪影響ではないからです。

「そのサイトが文字だけならいいが、写真が貼られていたらどうするんだ!」と思う方もいるでしょう。私が言いたいことはまさにこの事なんですが、子供は、不快と感じたものへ自ら近づくようなことはしません。近づくとしたらそれは不快ではないからです。
暴力描写にせよ犯罪誘発にせよ性情報にせよ、なぜ大人たちは、子供がそれを不快と感じる幼い頃に、知ることさえも禁止するのでしょうか。

不快だと感じた記憶を有せぬまま育った子が、不快だと感じなくなる思春期を過ぎたあたりで初めてそれらの情報を得れば、好奇心から歯止めが利かなくなるのは当然です。
逆に言えば、それを不快と感じる幼い頃に、自ら見たがったり知りたがった場合こそ、そこから遠ざけるチャンスだということです。

「バイオハザード」というゲームソフトがあります。このゲームは残酷描写のため、15歳以上推奨、18歳以上推奨と、レーティングが設定されています。つまり、ショッキングなので小さな子はやらないようにと警告しているゲームなわけです。(あくまでも推奨年齢ですが)

私の部屋にはPS版のバイオハザードがあるのですが、去年小学3年生の甥っ子がうちに来たとき、このゲームをやりたいと言い出しました。
私は「これは残酷なシーンが多いからやめたほうがいいよ、怖くて泣いちゃうよ、夜眠れなくなっちゃうよ」と言ったのですが、好奇心旺盛な甥は大丈夫だからやりたいやりたいの一点張り。

ならばと、やらせてみました。見た目に異質なものは敵である、という印象を持ち、グロテスクに対しある程度の免疫が付く中高生になってからこの手のゲームを知るよりは、不快と感じる歳のうちに自分で善し悪しを判断してほしいと思ったからです。

ゲームが進むにつれ、だんだんと画面から離れていく甥っ子。一段と怖い場面では、私にコントローラーを渡して「ここだけやって!」と逃げ腰でした。しかしゲーム性が面白いので、私が「怖いならやめたら?」と言ってもやめようとはしません。かなり楽しんでいるようです。しかし1時間ほどでセーブして終わらせました。

甥は次に来たときも、前回セーブしたところから続きをプレイしていましたが、私はそのあいだ横で見ながら、ストーリーや状況を説明していました。(この子もいろいろと訊いてくるので)
「この人たちはもとから怪物だったわけじゃないんだよ、怖いウィルスでこうなっちゃったんだよ、悲しいねぇ」「うわっ、撃たれたっ!痛そぉ~」「うわっ、頭が飛んだっ!かわいそ~」・・・と、ゾンビの哀れさを実況。

甥は、その次に来たときからピタリとこのゲームをしなくなりました。棚に並ぶCDを選ぶときも、バイオハザードのCDだけ避けているようなしぐさでした。「続きやらないの?」と訊いても「もうやらない」と言うだけ。怖いだけでなく、不快さも感じてきたんでしょうね。(私の説明が不快だった可能性もありますが・・・)

怖さというのは、そこから離れたあとにジワリジワリとやってくるものですが、罪悪感もまた然りで、はじめは感じなくてもあとからジワリと感じてくれれば、それが歯止めという良影響になります。
たとえ中学生以上になってこの手のゲームを好んでするようになったとしても、残虐さを不快と感じた記憶がある子と無い子では、その後のモラル意識にも差が出てくるように思います。

不快感や罪悪感を感じぬまま残虐ゲームに触れ、見た目のインパクトや過激さが快感になってしまった子が、歯止めが利かず実際の動物虐待を起こし、その後人間への危害も・・・というケースも、少ないかもしれませんが無かったわけではありません。
もちろん私の甥がそういう子だとは思っていませんが、悪影響ばかりを考えてなんでもかんでも隠す(フィルタリングする)のは、如何なものかと思うのです。

親が説明や道案内をすることを前提としたうえで、子供が自ら「感じて」善し悪しを「判断する」、そんな機会を与えてあげることも大切ではないでしょうか。
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by rukachas | 2006-04-16 23:49 | 子供の話 | Comments(0)
大人と子供で共に感じよう
心の共有最近人と話していると「そそ、そ、それでさぁ」という感じでどもったり、「え~、あの~・・・」と次の言葉がすぐに出てこなかったりと、まるで歯車の油が切れたかのような喋りになるときがある。
もしかして脳の老化現象?ボケの始まり?この歳で?う~んヤバイヨ~!(´Д`;)

ところが、私は子供と話をするときは相変わらず饒舌。言葉が湯水のようにポンポンと湧いてくる。私と子供とのあいだで行き交う「言葉のボール」の弾力性は、一向に衰える気配がない。
それじゃあまるでルイス・キャロルのよう。うん、そうかもしれない。キャロルは私が尊敬する偉人のひとりだし、子供好きという共通点もある。(キャロルのは恋で、私のは愛だが)

親、教師、保育士など、子供と会話をする機会を持つ人はたくさんいるが、そのときキャロルのように子供の気持ちをしっかりと汲んでやれる大人は、はたしてどれほどいるのだろう?さほど多くはないような気がする。
とかく大人は子供に真実をすべては話さず、子供は大人に本心をなかなか明かさないものだ。

それは何故か?大人は心のどこかで計らずとも大人主導型の意識があり、子供の意思テリトリーの外側から管理しようとするからだ。
かたや子供は、大人は自分よりも経験があるのだということを意識するがゆえに、見透かされないよう(バカにされないよう)身構え、自らの気持ちをフィルターに通すことがある。
いつの時代も、大人は「今どきの子供は」と苦言を呈し、子供たちは「大人はわかってくれない」と距離を置く。この距離と不確かな意思の疎通の中で、大人は子供を守ろうとし、子供は大人に依存しようとする。はたしてこれでうまくいくのだろうか?

とあるテレビ番組で、続発する子供を狙った犯罪についてたくさんの大人たちがディスカッションしていた。不審者から子供を守るにはどうしたら良いのか?子供が犠牲となる事件に対して、親や教師はどう対処していけば良いのか?などと、著名人らも交えて侃々諤々の議論を闘わせていた。

私はこのての番組を見ていていつも思うのだが、大人が子供について語り合う場に、なぜ主役であるはずの子供たちがいないのだろう?これはネットの掲示板でも感じることだ。
たしかに子供を守るのは大人の役目であり、子供になるべく不安な思いをさせないためにも大人がバックグラウンドで動く必要はある。しかしこのような重要な事柄は、子供と共にディスカッションをし、互いにどのような意識でいるのかを把握し合わなければ高いセキュリティは望めない。

親は子に「怪しい人に気をつけなさい」と言う。学校では「不審者に注意」と教える。しかし子供はその「怪しい人」「不審者」について、具体的にどういう人なのかを何も知らない。知らないから、大人に対して常に警戒心を持ってしまう。いや警戒心というよりもむしろ不信感といった感じか。
新聞の投書欄にも「近くにいた子供に道を尋ねたら、逃げていってしまった」というお年寄りからの投書もあった。
これは子供にとっては完璧な防御かもしれないが、親しい大人以外とのコミュニケーションができぬまま育つこの子の未来に、私は一抹の不安を感じる。

子供たちにとって不審者という言葉はモンスターと同義語であり、漠然としたイメージしか持っていない。これでは意味がない。己の身を守るためにはまず敵を知ること。これは防御の鉄則だ。
子供には、子供を狙う人とはいったいどういう人なのか、何をしようとしているのかを正確に教える必要がある。それは相手が変質者であっても、精神が異常な暴力的な人であっても同じこと。
子供にそれを意識させぬまま外側から守ってやれるほど、世間の大人はスーパーマンではない。子供自身が敵の情報を正確に知ることこそ、いざというときの防御にもなり、また自ら危険を招かないことにもつながる。

子供への情報をフィルタリングしたり、子供の自由意志を抑制したり、子供の行動に先回りして対処するのも躾や教育のひとつではあるが、子供の意思テリトリーの外側から管理するだけでは、いったいどんな子が育つのやらと心配になってしまう。
子供たちも子供たちで、自分を誇示することを意識するがゆえに、ほぼ同世代のみで戯れ、狭い範囲のコミュニティを形成してしまう。どちらも異世代間の意志の疎通が足りないのだ。

たしかに某巨大掲示板のように、あらゆる世代の会話が入り乱れているところもあるが、それは情報の共有であり意思の疎通とは違う。実際に、相手の歳が自分よりもずっと離れていることを知ったとたん、年配者も若者もそれぞれ相手を見下げるセリフをはくことがよくある。
これでは大人が子供の気持ちを理解することも、子供が将来の自分を見据えることもままならなくなってしまう。子供のセキュリティのためにも、善き大人へと育つためにも、大切なのは異世代間での心地よい意思の疎通だ。

大人と子供が気軽に対話するのはたやすい。しかし、一切フィルターを通さない意思の疎通は難しい。
だがそれを実現するのは「共感」だ。共感するかしないかは感性の違いであり年齢の違いではない。大人による子供の管理は、この共感をベースとしておこなうべき。
ルイス・キャロルがなぜああもアリス・リデル(実在の子)の心を引き付けることができたのか。それはキャロル自身がアリスの心に共感していたからに他ならない。

(ルイス・キャロル = 童話「不思議の国のアリス」の作者)
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by rukachas | 2006-04-12 21:17 | 子供の話 | Comments(0)
Macはいかがですか?
Macはいかが?このところ風の強い日が多いので、花粉症の私としてはちょっとウツな感じ。目がチクチクし、くしゃみが出て、後頭部がぼ~っとする。(T.T)
くしゃみが連続で出るものだから体力だって消耗する。いやそれよりも腰にくる。私の場合、花粉症の時期に腰も痛くなりやすいのは、くしゃみで力むせいかもしれない。
厄介なのは、このくしゃみや頭の重さが花粉症によるものなのか、それとも風邪気味なのかがよく分からないことだ。私の体を蝕んでいるのは花粉なのか?風邪のウィルスなのか?

ウィルスといえば、最近Windows用ファイル交換ソフト「Winny」による情報流出のニュースをよく見かける。企業の顧客情報から警察の捜査資料、自衛隊の機密情報までもがネットに流出する事態が立て続けに起きている。

まるでWinnyそのものがウィルスであるかのような報道がなされているが、そもそもの問題は重要データを入れているパソコンが、Winnyを利用した情報暴露型ウィルスに感染していることだ。もちろん利用者はウィルスに感染している事など知らずにいるのだが、もとはといえばユーザー自らがウィルス(この事例の場合はAntinnyやその亜種)を起動してしまったことが原因。(ウィルスとは知らずにダブルクリックしてしまう)
いくらセキュリティソフトが警告を出しても、人為的に起動してしまっては意味がない。

ではWinnyを使わなければ済むのかというとそうでもない。ファイル交換ソフトは他にもたくさんあるし、それらを利用するウィルスが出現すれば同じこと。また最近は、ファイル交換ソフトを介さずに情報を流出させる「山田オルタナティブ」という新種のウィルスも現れた。

よって根本的な解決は、外部に漏れて困るような重要データを私用パソコンに入れておかないこと。どうしても私用パソコンで作業せざるを得ない場合は、ネットには繋がず、なおかつ部外者に一切使わせないこと、これしかない。
TBSテレビの番組出演者の個人情報がネットに流出した事例では、番組の外部スタッフが自分の家のパソコンにこれらの情報を保存していて、そのパソコンに家族の者(息子さんだろうか?)がWinnyをインストールして使っていたことで、ウィルスに感染し流出したらしい。
家族とパソコンを共有するのはどの家庭でも当たり前のことだが、ユーザー管理もしないオープンな状態で有名人の個人情報を入れておくとはチトずさん。

ウィルスやトロイの木馬などの手口で多いのが、エロ画像やエロ動画のファイルに見せかけてダブルクリックを誘うというもの。データ流出の被害が多くなってきたのも、このてのファイルを手にする人が多くなってきたということだろうか。
これではたとえデータ流出を免れても、奥さんにエロ画像が見つかって大問題に発展、という家庭も無いとはいえない。共有パソコンのデータ管理は、いろんな意味で気をつけよう。

好奇心は旺盛。でもウィルスが怖い、データ流出が怖い、ついでに奥さんも怖い。そんな人には私は声を大にして言いたいのだ。
「Macはいかがですか?」・・・と。
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by rukachas | 2006-04-05 20:01 | Net&Webの話 | Comments(0)