子供大好きRUKAの雑記帳
by RUKA
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歌いたくなる君が代
黄身日本の国歌「君が代」を生徒に強制的に歌わせる学校が増えてきた。生徒の中には当然歌いたくないと思う者もいる。
そんな人たちのために、歌詞を英語に変えたもうひとつの「君が代」があるそうだ。英語といっても英訳ではなく、発音がそのまま日本語の「君が代」に聴こえるという、つまり「君が代」の空耳版というわけだ。

「き~み~が~あ~よ~お~は~」の部分は「kiss me, girl, and your old one」、「ち~よ~に~い~や~ち~よ~に~」の部分は「a tip you need, it is years till you're near this」となっている。
作者は不詳だが、ネットで検索すればすぐに見つかるので、全文見たい人は検索してみよう。

英語の歌詞では、日本が過去に起こした戦争犯罪を戒める内容となっている。歌詞にこういった意味を持たせ、それでいて日本語で「君が代」を歌っているように聴こえるのだから、この空耳化は見事というほかない。

「君が代を歌いたくないのに歌わざるを得ない状況に置かれた人のための歌」ということらしい。ただ私はこれを知ったとき、なんとなく腑に落ちない気がした。
「君が代」を歌いたくない人たち、とくに学生たちは、歌詞が気に入らないから歌いたくないのだろうか?聴こえが英語なまりになれば、歌っても良いと思えるものなのだろうか?

これはあくまでも私の推測だが、歌いたくないと思っている人たちの本当の理由は、好きでもない歌を強制されるからではないだろうか。
たしかに政治的、歴史的背景を踏まえての拒否もあるだろうが、それ以上に、この曲そのものに「歌いたくなるほどの魅力がない」というのが最も大きな理由だろうと思う。

子供や若者に愛国心を持ってほしかったら、国歌を強制的に歌わせるのではなく、思わず歌いたくなるような国歌にするほうが効果的だ。
音楽の時間に生徒に歌を歌わせるのは、音楽の勉強という学校ならではの理由があるが、国旗に向かって「君が代」を歌わせることは生徒側になんのメリットもない。歌は、強制的に歌わせれば好きになる、というものではないのだから。

とくにメロディがイマイチだ。日本の国歌なのだから、様々なイベントでの演奏はそれなりに心を打たれる。だがもし「君が代」がこの世に存在していなかったとしたら、生まれて初めて「君が代」のメロディを聴いた人の中で「これはイイ曲だ」と思う人がはたしてどれほどいるだろう?
小学生のリコーダーの練習曲のようなメロディは、決して自然と歌いたくなるような曲ではない。

とはいえ、私は「君が代」の歌詞については結構気に入っている。様々な意図を含んだ謎解きのようでもあり、韻を踏んだ回文のようでもある。最後の1行が足りない中途半端な終わり方なのは良くないが、なかなか味のある歌詞だと思っている。
歌詞とメロディのどちらかを変えるのなら、私は歌詞はそのままでメロディを変えてみたい。

そこでどんな曲が合うのか考えてみたが、何度考えても同じ曲が頭に浮かぶ。それはイギリスのロックバンド「クイーン」の「I Was Born To Love You」という曲。これを「君が代」の歌詞で歌ってみよう。
歌詞が短いので途中で折り返す必要があるが、なかなか心が高揚する曲になりそうだ。「き~み~が~...」と音を長く延ばす歌い方にもピッタリだし、スポーツの試合前の国歌斉唱でも士気が高まりそうだ。

もちろんこれは私の理想論を語っただけで、これからも日本の国歌はあの歌詞とあのメロディの「君が代」であり続けるだろう。
だがせめてテンポを速くしたりリズムを付けるなど、アレンジくらいはしてほしいものだ。「NEW KIMIGAYO、オリコンチャート第1位!」となれば、強制などしなくても歌うようになるのだから。
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by rukachas | 2006-05-31 20:57 | 音楽の話 | Comments(2)
ストレス発電
カミナリくん激しい雷雨。カミナリがゴロゴロと大きな音を立てている。
聞くところによると、カミナリのエネルギーはたった一回のピカッ!で、東京都の1日の電気使用量に匹敵するらしい。もしこれを溜めておくことができたならエネルギー不足は即解消。全国の原発もかなり減らせることだろう。

私は子供の頃「身の回りの物にかかる物理的な負担をエネルギーに変えられないのだろうか?」と考えていた時期があった。
たとえば電線や吊橋の突っ張りや、ビルの真下で地面が受けている重さ、標識を止めているボルトとナットの締め付けなど、とにかく物にギシギシと負担がかかっていれば、その負担を何らかのエネルギーにできないか?・・・という子供っぽい発想だ。

重力をエネルギーに換える反重力エンジンという発想はすでにあるが、私が思っていたのは物質にかかるストレスを利用すること。
まぁ実際には物理的なストレスは物理的に処理するしかないわけで、どう取り出すかという問題もあり、現実的にはあり得ない。

ではあり得ないついでにさらに飛躍させて、人間のストレスからエネルギーを取り出すという発想はどうだろう。
この世の中、どこもかしこもイライラしている人でいっぱいだ。このイライラはときに人の命を奪ったり、ときに歴史を変えてしまうことだってある。そんな精神的ストレスを、たとえば電気エネルギーにでも換えられるなら、毎月の電気代もかなり浮くだろう。
もしかしたら「今月光熱費ヤバいからさぁ、しばらくオレをイライラさせてくんない?」なんて会話があるかもしれない。電気代が浮いてストレスが減るという弊害(?)もありそうだが。

怒りっぽい人ほど得をするイライラ発電。もしあれば、私はどのくらいの電気が作れるだろう。
毎日使うパソコンの電気量はさすがにまかなえないだろうなぁ。シェーバーの充電くらいかな?寝るときに点けている小さな豆電球くらいかな?

なんてくだらないことを考えているうちに、カミナリは遠ざかっていった。
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by rukachas | 2006-05-24 22:03 | Comments(1)
デビルマンと現代人
デビルマン先日、永井豪氏の漫画「デビルマン」を最終話まで読む機会があった。
デビルマンと言っても若い人にはピンとこないだろうし、私と同じ世代でもTVアニメしか見たことないという人も多いと思うが、原作の漫画はTVアニメの印象とは程遠い、悲しいまでの重々しさで満ちていた。

取り立ててリアルな描写でもないのに、受けた印象はかなりおぞましかった。何が凄いって、いとも簡単に少年漫画のタブーを打ち破ったこと。
少年漫画にはタブーがある。たとえ恐怖マンガであっても、主人公は簡単に死んではいけないとか、子供が残酷な殺され方をする描写はダメだとか、読者の気分を害するような展開はなるべく避けるものだ。
ところがデビルマンの原作は、よくまぁ当時の少年誌(少年マガジン)でこういう展開を許したなと思うくらい、救いようのない残酷さが繰り広げられている。

たとえば、母親から虐待を受け体中キズだらけの幼児が、お父さんが帰ってくるまではお母さんのそばにいたくないと、夜遅くまで公園で時間をつぶすシーンがある。
しかし迎えに来た母親に家に連れ戻されてしまい、いつものように犬をけしかけられる。帰って来た父親に助けを求めるが、父親も豹変しその子へと襲いかかる。そして次のページでは、首を切られたその子の姿が。

あまり書くとネタバレになってしまうが、1話からずっと登場してきた準主役級キャラや場を和ませてきた小さな子供のキャラが、ほんの数コマのあいだに見るも無惨な姿で殺されてしまうのだから、その展開のあっけなさには唖然としてしまった。

永井豪氏はこの漫画で人間と悪魔との戦いを描いてはいるが、地球を我が物顔で支配してきた人間の罪深さを訴えているようにも感じた。
少年誌で扱うべきテーマ&描写だったかどうかはわからないが、原爆被害をありのままに伝えた「はだしのゲン」も当時少年ジャンプでの連載だったのだから、若い読者を対象にしたことは無意味では無かったように思う。
もし古本屋で「デビルマン」を見かけたら、ぜひ手に取って読んでほしい。永井豪氏お得意の色っぽい女性悪魔キャラも、別な意味で迫力満点。(^^)

ところで、デビルマンの連載は1972年だが、私は劇中のこんなセリフが印象に残った。主人公「不動明」のクラスメイトが教室で雄弁に語るシーンがある。セリフは適当に端折るが・・・

『21世紀、つまりわずか30年後、世界の人口は現在の倍近くになっている。現在37億の地球人口が30年後には軽く70億を突破するんだ。そこで大変なのが食料問題。70億人分の食料はないんだよ。つまり70億人のうちの何割かは食料が手に入らない。昔は食料がなくなると戦争が起こった。そして戦争で多くの人が死ぬ。そして生き残った人に食料が行き渡る。再び平和が来て人口が増える。また食料が無くなり戦争が起こる、といった具合に戦争が人口調節になっているわけだ。ところがこれから戦争は起こりにくくなる。今度戦争が起これば核戦争になるからだ。核戦争は人口調節どころか人類の滅亡を意味する。だから戦争は簡単には起こせない...』

漫画のセリフではあるが、あながちデタラメでもなく、当時の人々の実際の見解と考えても良いだろう。このセリフを要約するとこうなる。
「30年後、世界の人口は倍の70億になる」
「そのとき70億人分の食料は無く、食料不足が起こる」
「これから戦争は起こりにくくなる」

さて、実際に30年が経ったが結果はどうだろう?
2006年の現在、地球の人口は約65億人。30年前の予想どおり、ほぼ倍になったわけだ。では食料はどうかというと、たしかに世界の飢餓問題は決して解決されてはいないが、少なくとも人口が増えたために食料が減ったということは無いように思う。(飢餓人口そのものは、1990年代前半に一旦減ったが、その後また増え続けているそうだ)
先進国での食料の生産、備蓄、流通においては、現代は人類すべてを補ってあまりあるほどの規模で動いている。ところがそれでも世界にまんべんなく行き渡らないのだから、テクノロジーの発達が先進国のエゴに追いつかなかった、といったところだろうか。

最後の「これから戦争は起こりにくくなる」だが、たしかに30年前はベトナム戦争を切っ掛けとした反戦運動が盛んであり、過去の戦争の記憶もあることから、誰も第三次世界大戦など考えもしなかった。日本も高度経済成長期の、いわば良い意味での平和ボケの時代だった。

だが21世紀になり、本当に行く先がボケてきた。今の世界情勢を見ると、戦争が起こりにくくなるどころか核戦争さえ起こしそうな勢いだ。東アジア情勢も緊迫化しており、日本も軍国化に向け少しずつ突き進んでいるように思える。

30年前の漫画「デビルマン」では、デーモン(悪魔)たちは人間に取り憑き、心と体を支配した。そろそろ人間の心に巣くう悪魔が、顔を出す頃なのかもしれない。
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by rukachas | 2006-05-17 21:18 | 懐古の話 | Comments(0)
HONDA Smart・Dio
Smart・Dio私は自動車免許を持ってはいるが、通勤や買い物にもう20年以上も原付バイクを使ってきたので、すっかり原付が普段の足代わりとして定着してしまった。
そんな、毎日世話になっている私の愛馬、ホンダのDioが、先週の月曜日にとうとう逝ってしまった。いつものように大きめのエンジン音とガタついたボディの振動音を響かせながら走り出したら、1分もしないうちに急にエンジンが止まり、そのまままったく動かなくなってしまったのだ。時刻は夜8時。車もまばらな暗い夜道。

何の前触れもなく突然だったので、さてはまたガソリンでも抜き取られたか?とさえ思ったが、どうやら完全に故障したらしい。乗って数年なら迷わず修理に出すところだが、故障と修理を何度も繰り返してきたボロバイクだったので、思い切って買い替えることにした。

次も乗りなれたDioにしようと決め、後日バイクショップへ行くと、「Dio」と「Smart・Dio」という2つのタイプがある。値段はSmart・Dioのほうが2万ほど高いようだ。
「スマート?何がどうスマートなんだ?」最近のバイク事情に疎い私は、ネーミングどころか機能や性能もあまり気にすることなく、色と形が気に入ったSmart・Dioを指差して「これくださ~い♪」(実際はこんな軽くないけどね(^^;))

自宅に届いたSmart・Dioを見て、初めてエンジンが水冷4サイクルだと知った。さっそく試乗すると、今までとは比べ物にならないほどエンジン音が静かで、まるでソリで滑っているかのよう。
今まで使ってきたバイクはムダに音がデカく、私はそれがずっと嫌だったので、静かさがこのバイクにして良かったと一番感じた部分だ。そして燃費の良さも助かる。カタログ値とはいえ、リッター75キロはありがたい。

走り出してからは加速もそれなりにあるが、出だしはあまり速くない。わざとゆっくりスタートするようにしてあるみたいだ。スタート直後はブォーン!ではなく、グイ~ンとゆっくり加速する感じ。
しかし私は以前のブログにも書いたとおり、せわしなく走る車を「やれやれ...」と感じるほうなので、昔から急発進急停車をしない私には合っているような気がした。

最初店で見かけたときは「ノーマルのDioよりボディが細いわけでもないのに、どこがスマートなんだろう?」と思っていたが、走りがスマート(賢い)という意味のネーミングだったんだね。
デカイ音を響かせて急発進したりスピード感を楽しむような車種ではないので、普段用事もなく原付を乗り回している若い人には向かないと思う。
っていうか、本来原付って他の車の邪魔にならない程度にゆったり走るものだと思う。名前も原動機付き自転車(原チャリ)だからねぇ。
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by rukachas | 2006-05-14 16:09 | モノの話 | Comments(0)
他人には価値のない、価値あるDVD
古い写真昨年の11月17日に、うちにある古い写真をDVD化するため少しずつ作業に取り掛かった、という記事を書いたが(該当記事)、昨日その作業がようやく終わり、パッケージも印刷して、我が家の「想い出アルバムDVD」ができあがった。
昨日はオフクロの誕生日だったので、これを手作りのプレゼントとして手渡したら、かなり喜んでくれた。(^-^)v

写真プリントをスキャナで取り込み、DVDソフトでスライドショーにすることはさほど大変なことではないが、なにしろ元の写真が剥がれてボロボロ、変色して顔が紫色、汚れてゴミだらけ、なんてのが多いもんだから、1枚1枚のその修正にかなり手間がかかってしまった。
まぁ空いた時間にちょっとずつの作業だったとはいえ、6ヶ月間はかかり過ぎだけどね。(^_^;)

簡単なスライドショーなので構成はいたってシンプル。うちや親戚の苗字別に分かれたボタンが画面に現れ、それぞれのボタンを押すと、その家庭での想い出写真が古い順に次々現れるというもの。
BGMには、我が家の写真にはカーペンターズ、親戚にはそれぞれアバ、エンヤ、姫神などを使った。

写真プリントをCDやDVDにしてくれる既存のサービスもあるにはあるが、プリント1枚1枚のゴミ取りや、破れてしまった顔の復元まではやってくれない。
以前、ネガの無い古いモノクロ写真の複製を近所の写真屋に頼んだとき、汚れやキズもそのままの複製(複写)だったので、「金取ってこんな機械任せなのか?」と思ったことがある。
たしかに「複製」なのだからそれで正解だが、客が古いプリントを複製しようと思うのは、その写真が貴重だからであり、決して汚れやキズを複製してほしいのではない。

私は昔カメラマンアシスタントになったとき、まず最初に極細の筆と黒インクを使ってのゴミ・キズ修正に明け暮れたので、依頼されたものは少しでも綺麗に仕上げたい、という意識がつい働いてしまう。無論そんな業者は、採算が合わずすぐに廃業するのかもしれないが。

話が横道に逸れたが、古い写真をDVDに焼くことの利点としては、テレビの大きな画面に映せるので大勢で一緒に観覧しやすい。アルバムの小さな写真を凝視する必要がないので、目が疲れにくい。色やキズを修正した綺麗な画像を観覧でき、しかもその状態を保っておける。数百枚、数千枚もの画像がディスク1枚に入るのでかさばらない。音楽付きでゆったりと見ていられる、など。

若いうちは見向きもしないアルバムの写真も、年をとるごとに見る回数が増えてくる。テレビに大きく映して見たとき、小さなプリントでは気付かなかった思わぬ発見があるかもしれない。
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by rukachas | 2006-05-04 05:55 | モノの話 | Comments(0)