子供大好きRUKAの雑記帳
by RUKA
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ご飯をかき混ぜていて思ったこと
ごはん夜中、小腹がすいたので台所へ。茶碗にご飯をよそい、冷蔵庫から卵をひとつ取り出す。割ってご飯にかけ、味の素と醤油をかけて混ぜる。いわゆるタマゴぶっかけごはん。
茶碗のフチにそって箸を滑らせながら、周りのご飯を中央に寄せる。うまく混ざっていない白い部分に、黄身と白身を被せるように寄せる。クルックルッと輪を描くように、サクッサクッと掘り起こすように、二本の箸でまんべんなく混ぜる。

薄暗い台所に立ってこんなことをしていると、ふと子供の頃を思い出した。
私は小学校低学年の頃、この「箸でご飯を混ぜる」という行為がとんでもなく下手だった。食事時、卵も納豆もふりかけも自分で混ぜてみたいのに、やると決まって下にボロボロとこぼれてしまう。混ぜ終わったご飯の量は半分、残り半分はひざの上・・・。
だからオフクロは横から手を伸ばし、私から茶碗を取り上げてさっさと混ぜてしまう。キレイに混ぜられたご飯をハイッと手渡されてもちっとも嬉しくない。自分の力でキレイにこぼさず混ぜたいからだ。だから半ばカンシャクを起こしながら、ベソをかきながら混ぜていた。

しかし頑張ってはみるものの、どうしてもひざの上にボロボロとこぼれてしまう。親父はそれを見て「何やってんだっ!」と怒鳴りだす。私は「なんでこぼれちゃうのっ!」「どうやるのっ!」と顔をクシャクシャにしながら訴える。だが親父は教えてはくれない。子供に解るように上手く教えることができないからだ。いやそれ以前に面倒くさいからだ。

上手くできない悔しさ、方法が見つからない悲しさ。幼い子供にとっては気がおかしくなりそうなくらい辛いこと。大人はそれをわかってやらなければならない。
当時の私が欲したのは、代わりにやってくれるオフクロのような行為ではない。どうすれば上手くできるのか、ヒントやコツを優しく教えてくれる人だ。こうだよと知識を与えてくれる人だ。

だがそんな人は私の身近にはいなかった。何でもやってあげる人は子供のためにならないが、何でも教えてくれる人は、子供の良き指導者となる。知識は新たな知識への道しるべとなるからだ。
今の私が、甥や姪のために尽くし、時間を惜しまず相手をしているのは、あの頃の私が、そんなオジさんを欲していたからかもしれない。
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by rukachas | 2007-08-30 06:12 | 子供の話 | Comments(0)
古さが新しさを凌駕するとき
時の流れ昔から「女房と畳は新しいほうが良い」と言うが、反対に「女房とぬかみそは古いほうが良い」とも言う。
新しいものも古いものもそれぞれに良さがあると思うが、多くの場合人間は古さよりも新しさを好む。だがそれは人間の業というか、動物の本能だろう。種の保存にしても恩恵を得る可能性にしても、未来をより多く残している人間のほうが有利なのだから。

しかし古くなるにしたがってより良いものへと熟成されることもある。それは見た目や可能性とは別の価値であり、モノでいえば色あせやひび割れ、人でいえば顔や手のシワが物語る記憶、それを感じるが故の良さだ。
そういう意味では前述したことわざの場合は、結婚するなら新しい(若い)ほうが良い、その女房の過去と今を比べてみると古い(今の)ほうが良い、ということになるだろう。

これらはあくまでも同じものを比べてみた場合の話だが、時代という観点から同じ「種類」のものを比較してみると、必ずしも新しいモノ(現代のモノ)が良いとは限らない。
昨年、約5000円のヘッドホンを買って使ってみたとき、20年以上前に買った同価格のヘッドホンと比べて、明らかに質の低下を感じさせられた。20年前のヘッドホンはもちろん残ってはいないので記憶での比較になるが、それでもハッキリと分かるくらい、現在のヘッドホンのほうが作りがチャチだ。
音質はともかく、ボディの質感が子供のオモチャのようであり、付け心地も良くない。昔のオーディオ機器のような「丹念に作りました」「この部分はとても工夫しています」というような製作者の心意気みたいなものが感じられないのだ。

そういえばラジカセやミニコンポもそう。20年前のラジカセと今のラジカセの同クラスの機種を比べてみたとき、はたして今のラジカセのほうが質が良いと言えるだろうか?
あれもできるこれもできるという意味での便利さはたしかに上かもしれないが、使い心地や質感、丈夫さなどはハッキリと低下しているし、音質だって80~90年代のステレオラジカセを上回っているとは思えない。需要がピークを過ぎた商品には、往々にしてこういうことがある。

しかしそれでも多くの人には「時代が新しくなるにつれモノの質も向上している」という幻想がある。どこぞの映画サイトのBBSで「スターウォーズの第1作を最近になって初めて見たが、作りがあまりにセコいので笑った」と話す人がいた。そりゃあ30年前のSF超大作も、今の感覚で見ればB級C級に見えるだろう。
また、某CDショップのユーザーレビューでは、日本が生んだ名作曲家でシンセサイザー奏者の冨田勲氏の音楽について、チープで大したことないと言っている若者もいた。そりゃあデジタル音楽に慣れた今の人たちからすれば、30年前のムーグシンセの音はつまらなく聴こえるのかもしれない。

だがそれはどちらも、表面的なことにしか良さを感じていないからそう思うわけだ。美人とそうでない人を並べて、美人のほうを「良い人間」と評価するようなものだ。
古い時代のモノを、現代という位置から振り返るように眺めることでしか評価できない人は、いわば新しモノ好きのオシャレさんなのかもしれないが、後から作られたモノが良いに決まっている、という感覚があるのだとしたら、その人の晩年は悲惨だ。
何故なら、自分の「老い」をイコール「質や価値の低下」だと決め付けているようなものだからだ。

モノではなく人間を比較してみよう。過去の人と今の人、そしてこれからの人を比べてみたとき、はたして新しい時代のほうが人間の質が良いと言えるだろうか?
モノならば明確に比較できるが、人間はそうもいかない。人は皆それぞれに個性があり、同じ種類と片付けられるものではないからだ。そこでせめてもと、自分の身内で比較してみてはどうだろう。自分の親と自分、あるいは自分の子供と自分との、それぞれ同じ歳の頃を比較してみるわけだ。
かなり主観が入るので、こういうものは第三者に評価させるのが良いだろう。子供の頃の素行や大人になってからの言動。家族内に限定すると、どの世代がもっとも質の高い人間であろうか。

古いモノには興味がない、流行に敏感で新しいモノが好き、でも古くなったら使い捨て、捨てたモノには未練なし・・・。
古いものに価値を見出さず、どんなものでも新しい物を好むことは、ある意味アクティブであり若者的思考とも言えるが、それは確実に老いていきリサイクルさえされない自分を、自ら見捨てていることにもなる。

未来の自分が後の世代の人間に、古くて価値が無いと捨てられてしまうか、それとも価値を見出されて大切にされるか、それは今の自分がどれだけ「古さ」を大切にしているかにかかっている。
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by rukachas | 2007-08-24 00:51 | モノの話 | Comments(0)
消臭芳香剤のジレンマ
消臭芳香剤うちのトイレに置いてある消臭芳香剤から、ほのかな香りが漂っている。
消臭剤は匂いを消すもの。芳香剤は匂いを放つもの。消臭芳香剤はその両方の機能を持つ、一見矛盾した商品。悪臭のみ消すのであっても、人によってどの匂いが悪臭なのかは異なる。ラベンダーの香りにむせ返る人もいるかもしれないし、ウ◯コの匂いが好きという人も、絶対にいないとは言い切れない。
匂いを消しながらも匂いを放つ。まるでクレタ人の嘘つきパラドックスのよう。いったい容器の中で二つの成分はどうなっているんだろう?

何年か前に、新車の車内の香りがする車用芳香剤が好評、という記事を読んだことがある。匂いだけでも新車の気分を味わいたいと、この芳香剤を買っていく人も多いそうだ。
車を車本来の匂いにするための芳香剤があるのなら、トイレをトイレ本来の匂いにするためのトイレ用芳香剤があってもイイんじゃないだろうか。売れるかどうかは微妙だが。

これは言わば白髪染めみたいなものだ。新しい状態に戻すのではなく、新しいときと同じに見える(感じる)ように細工をするわけだ。逆カモフラージュとも言える。
思えば今の世の中、このように”らしくない”ものによって”らしく”作られているものばかりだ。本物の果物よりもジューシーな無果汁ドリンク。本物より活き活きとした造花。本物より美味しそうな食品サンプル。本物よりリアル(?)なデジタル加工写真などなど。

人間もそう。すれ違った女の子から石鹸の香りがすれば、女の子らしいなぁと思うだろう。しかし本来人間は石鹸の香りはしない。石鹸を使うことに女の子らしいと言っているのなら、石鹸は男の子も使うのだから偏見になる。
だがラベンダーやキンモクセイの香りをかいでトイレの匂いだと思う人もいるくらい、らしさの感覚は変化しているのだから、男らしさ女らしさ、人間らしさも変わってきているのだろう。

そのものが本来持っているらしさに、イメージとしてのらしさを加えているのが人間だと思う。だが複数のらしさを有するがゆえのジレンマというのはある。消臭芳香剤のように、そのらしさが互いを打ち消しあうものだとしたらなおさらだ。
「二兎追うものは一兎をも得ず」ということわざの意味に近いが、得なかったのは二兎しか追わなかったからだ、という考えた方をする人もいる。10徳ナイフが100徳ナイフになれば10倍便利かというとそうとも言えないが、互いに打ち消しあわない程度の複数の自分らしさを持つことは、ある意味、社会で生き抜くための術なんじゃないかな。

私は周りの人にとって、嫌な匂いを消している消臭剤なのか、良い香りを与えている芳香剤なのか、それともどっちつかずのただの置物なのか、どっちだろう?と考えてみる。
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by rukachas | 2007-08-05 19:57 | モノの話 | Comments(0)
こんな子はこんな大人に・・・
育ち・親に反抗せず育った子は、他人に対して反抗的な大人になる。
・厳しいしつけの中で育った子は、羽目を外しやすい大人になる。
・お菓子を十分に与えられずに育った子は、ストレスを解消できない大人になる。
・子供らしさを抑圧されて育った子は、子供っぽい思考の大人になる。
・性に関して厳格な家で育った子は、攻撃的な性癖の大人になる。
・欲しい物をすぐに買ってもらえる環境で育った子は、友情が希薄な大人になる。
・親から虐げられて育った子は、多重人格になる。
・親の都合を押し付けられながら育った子は、鬱病になる。
・ウソが飛び交う家庭で育った子は、ひきこもりになる。
・あまり遊ばず、勉強ばかりして育った子は、バカになる。
・肌の触れ合いが足りずに育った子は、子育てが下手な大人になる。
・大人に甘えられずに育った子は、自分勝手な思考の大人になる。
・親に可愛がられずに育った子は、愛情を表現できない大人になる。
・言葉に気をつけない親に育てられた子は、本心を明かさない大人になる。
・すぐに他人のせいにする親に育てられた子は、親のせいにする大人になる。
・親の理想を当てはめれば当てはめるほど、理想からずれた大人になる。

ついでに・・・
・甘やかしはいけない。だが甘えさせることは必要。
・汚れ(けがれ)てはいけない。だが汚れ(よごれ)てみることは必要。
・見本になってはいけない。だが手本をしめすことは必要。
・教育は脅育であってはならない。共育であるべき。
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by rukachas | 2007-08-03 21:53 | 子供の話 | Comments(0)