子供大好きRUKAの雑記帳
by RUKA
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心を込めたお付き合い (後)
情報収集前回の記事の続き・・・
道具があまりに便利になりすぎると、人は目的ばかりを重視するようになり、その間の経緯をわずらわしいと感じるようになる。

私のサイトにはときどき相互リンクの依頼があるのだが、一昔前と比べて依頼主にある特徴が目立ってきた。まず、掲示板に書き込まれた挨拶が明らかに定型文であること。「サイトを拝見させていただきました」と書いてあっても実際はあまり見ていないことも多い。先日も私のサイトを「妊婦に関するサイト」だと思い込んでいた人もいたくらいだ。
そして、先にリンクを掲載してからの事後報告であること。うちはリンクフリーなので勝手にリンクしても構わないが、すでに掲載してあるからそっちも掲載して、というニュアンスのリンク依頼には違和感を感じる。

たとえば2件の店があったとして「あなたのお店で私の店を宣伝してくれたので、お礼に私の店でもあなたのお店の宣伝をしますね」というように、好意で始まったものに好意で応えるのが本当の相互リンクだと私は思っている。
昨今の相互リンクは「私の店であなたの店の宣伝をしておいたから、そっちも私の店を宣伝してね」というように、依頼する側先導のパターンがとても多い。

しかもこのタイプの依頼者の多くには、「再びこちらのサイトを訪れることはない」「再びこちらの掲示板に書き込むことはない」「管理人同士のコミュニケーションをとろうとはしない」「メールを出しても返事が帰ってこない」「サイトに掲示板を置かない」「1年くらいで閉鎖する」という共通点がある。
こういう人のサイトに他サイトへのリンクが数百個も並んでいるのは、他サイトに相互リンクしてもらうため(自サイトのアクセス数を増やすため)ではないかとさえ思ってしまう。

相互リンクはご近所さんの付き合いと同じ。リンクを張ればそれで終わりというものではなく、その後の心のやり取りが大切。同じジャンルの話題を話し合ったり、相談したり、助け合ったりが当たり前のようにできなくてはいけない。
私はうちのリンクページに載せているサイトへは定期的に訪れるようにしている。誰々さんちの◯◯ちゃんが幼稚園に入園、誰々さんちの◯◯君にはこんなことがあった、そういう情報をできるだけ頭に入れるようにしている。そして年に数回、全員に対して季節のご挨拶メールを出している。
こんな私だからこそ、人を招き入れる道を作るだけの相互リンクが、寂しく感じるのかもしれない。

前回の記事で書いた「ネットを機械的なデータベースとして使っている人」と、今回の「相互リンクはやたらとするが、お付き合いはあまりしたがらない人」が一昔前と比べて目立ってきたのは、ネットが情報ツールとして大きくなり過ぎたために、その間の「心のやり取り」をわずらわしいと感じる人が増えてきたからではないか?・・・と思うのだが如何だろう。

「ちょっと待った!ネットをデータベースとして使う人が多くなったなんてことはないぞ。ケータイサイトの掲示板も2ちゃんねる型の掲示板もどこも盛んだし、みんなじゃんじゃん書き込んでるじゃないか!」今回の私の記事を見て、そう思った人もいるだろう。

たしかにそうだ、見るだけではなく人との会話に使っている人もたくさんいる。そもそもただ見たり読んだりしているだけなら、ネット被害もこんなに増えるわけはない。出会い系サイト、最近問題になっている学校裏サイト、犯行予告を書き込んでしまう者、みな馴れ合いの中で積極的に発信している。

しかし私は、これらすべてを「心のやり取り」と呼ぶには無理があると思う。
今年4月のニュースだが、文部科学省の委託調査によると、子供たちが使っている学校裏サイトと呼ばれる掲示板のうちの5割に「キモイ」「うざい」など個人を中傷する言葉が含まれていたそうだ。
中傷を書き込んだ生徒と名指しされた生徒とのあいだにあるのは、双方とも一方通行の感情のみ。相手と心をやり取りするための書き込みではなく、毒を吐くための書き込み、誹謗中傷を人に見せるための書き込み。
心を込めた付き合いなどハナから求めてはいないのだろう。

つまり、これもある種データベース的な使われ方と言えるのではないだろうか。
真心ある付き合いを目的とし、その結果生まれた文字列なら、その言葉は他の人の心にも入り込むことができる。しかし心のこもらないうわべだけの馴れ合いや誹謗中傷による文字列は、無益なデータベースにしかならない。

前回のラストと同じセリフになってしまうが、読む、見る、知る、話す・・・やり取りする情報量はとても増えたが、心を込めたやり取りが増えたかというと、いささか疑問に思う。
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by rukachas | 2008-06-26 22:16 | Net&Webの話 | Comments(0)
心を込めたお付き合い (前)
情報収集ネットのコミュニケーションは良い方向へと向かっているのだろうか?心はどこかよそよそしく、しかしうわべだけは妙に馴れ馴れしく・・・。
ダイヤルアップ(電話の音声回線を使った、ブロードバンド以前の低速な接続方法)の頃からサイトを運営してきた人の中には、私と同じことを感じている人も少なくないのでは?

ブロードバンド以前と今とでは明らかにネットの質が違う。今では大抵のページはストレスなく表示され、高画質な動画も快適に見られるようになった。得られる情報量は爆発的に増え、その情報の窓口となるGoogleを始めとしたポータルサイトは今や有数の大企業にまでのし上がった。
ありとあらゆる物がネットに溶け込み、現代の人々にとってネットはまさに生活の一部となった。

しかしそれに伴い、ネットを単なるデータベースとしてしか使わない人の割合が増えたように感じる。
情報を得たいとき、検索してどこかの誰かさんの記事を発見し「フムフムなるほど」と知識を得る。だがその文章を書いた誰かさんのことは気にもしないし、ましてや感謝などしたこともない、そんな人が多くはないだろうか?

私のオフクロも先日、とある一般人のブログに書かれていたお菓子のレシピを見ながら料理していたのだが、美味しいお菓子ができたと喜ぶオフクロに「じゃあそのブログにお礼のコメントでも書いたら?」と言ったら「書くのはちょっと...」と言って躊躇していた。データベースとしては活用しても、一声かけることには抵抗があるようだ。

もちろんデータベースとしての使い道はネットの最大の利点だし、本来の姿なのかもしれない。だが情報の向こう側には同じようにキーボードを打っている人がいる、ネットはデータだけでなく心もやり取りできる、ということをもっと意識してほしい気がする。

これは私の主観だが、情報を得るイメージが、一昔前のネットなら近所の家に行って教えてもらったり本を見せてもらうイメージ。今のネットは、大きな図書館に行って無言で本を見るイメージ。
データベースに特化しすぎると情報にしか目が行かなくなり、行動が無機質になりがちだ。

読む、見る、知る、話す・・・やり取りする情報量はとても増えたが、心を込めたやり取りが増えたかというと、いささか疑問に思う。
次回に続く・・・
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by rukachas | 2008-06-24 23:56 | Net&Webの話 | Comments(0)
十万石まんじゅう
十万石まんじゅう近所の人から、お裾分けで「十万石まんじゅう」をもらった。
埼玉名菓、じゅうまんごくまんじゅう。
知ってる人は知っている、知らない人はたぶん知らない、「うまい!うま過ぎるっ!」という真面目なのかギャグなのかイマイチよくわからないCMで、埼玉県民にはお馴染みの和菓子だ。
十万石ホームページ

一口食べた・・・うん、たしかに旨い!
二口食べた・・・お茶と合うねぇ!(@゜▽゜)_且〜〜
あまり和菓子が好きではない私も、あっというまに2つをペロリ。

和菓子には砂糖の甘さがモロに出ているものが多いが、十万石まんじゅうはさほど甘からず、かといって辛からず、でもってうまからず...(ここでボカッとツッコミが入る)
いやいや冗談。うまいうまい、ホントにおいしいまんじゅうだ。
でも私にとっては「うま過ぎる」ってほどではないなぁ。
CMはちょっとオーバー。でも普通に美味しかったけどね。

ちなみにテレビCMにも登場する製品パッケージの絵は、世界的な板画家「棟方志功」氏によるもの。
てっきりどっかのオッサンがまんじゅうを食べている絵だと思っていたら、なんとなんと、あれはお城のお姫様の絵なんだそうだ。ビックリ!

「うまい!うますぎる!」お姫様のセリフにしてはちょっと品がないが、お姫様も驚くそのまんじゅうを、あなたも機会があればぜひ食べてみよう。
十万石のサイトからネット注文もできるぞ。
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by rukachas | 2008-06-18 00:02 | モノの話 | Comments(0)
秋葉原の通り魔と引き金の潤滑油
犯行予告8日に秋葉原で起きた通り魔事件の容疑者は、自分の境遇を恨み、自分以外の人間を敵と見なし、計画性を持って無差別殺人をおこなった。どのような心情であったにせよ、その行為は決して許すことはできない。
しかしこうも思う。2000年5月のコラムでも書いたことだが、「なぜこんな理由で人を殺したのか?」ではなく「なぜこんな理由で人を殺すような人間になってしまったのか?」が重要だ。

リストラの対象となったと思い込んだことが犯行の引き金になったと言われているが、そもそもいつ発射するかわからない弾丸がセットされているからこその引き金なわけで、そういう性質を持ち合わせた理由は、高校卒業後の自身の身の振り方にある。
さらに、この無責任な人格が形成された大元の原因は、やはり幼少期の育てられ方にあると言って間違いはない。

だが同時に、引き金を引きやすくする潤滑油のようなものがあったことも事実。それはネットの掲示板。容疑者は犯行直前まで計30回、携帯サイトの掲示板に心情を書き綴っていた。悲観的な内容に次第に閲覧者の反応も少なくなり、内容は愚痴、妬みへと変わり、恨み節を書きなぐるようになった。そしてとうとう犯行予告。
人間が事を起こす時はたいてい、その行為は特定の誰かに向けておこなわれている。この男も掲示板に書いた驚くべき内容を実践することで、自分を無視した者たちを振り向かせたいとでも思ったのだろうか?

「電車男」のように、閲覧者のレスが背中を押してくれて良い結果をもたらすなら有り難い。しかしこの男の場合は、自分の書き込みに背中を押されてしまったわけだ。
掲示板でのやり取りなど文章のやり取りに過ぎない。相手はその文章に反応しているのであって、書き込んだ人間に対して反応しているのではない。昔の文通でもパソコン通信でもそうだが、書き込まれた内容の深さを意識するあまり、相手の気持ちまでも深いと勘違いしてしまうことはよくあることだ。

ネットの交流で本当に心が通い合うには何年もかかるもの。私にはこの10年間で数千通ものメールをやり取りしてきたメール友達(少し年下の中年男性)がいる。まだ一度も出会ったことはないが、互いに信頼し合っている仲だ。
相手の言葉を重んじるレベルに達するには長い時間がかかる。他人に失礼な言葉を返す自己中さんを心配する雰囲気など、即席の付き合いにあるわけがない。
この男も自分の掲示板を愚痴と妬みの公開場にするぐらいなら、もっと長い目で見た心の交流を模索するべきだった。

容疑者は警察での調べに「襲撃直前にためらった」と供述している。そのためらいを払拭したのがすでに投稿した書き込みだったとすれば、男は過去の自分に背中を押されたことになる。
最初の書き込みは先月末。たった10日ほどで身勝手な計画を押し進め、そして実行。人の幸せを願うことも人の不幸を悲しむこともできない男は、失われた幼少期を取り戻そうと焦っていたのだろうか?その矛先は死刑台へと向いていたというのに。

「犠牲となった7人の方のご冥福をお祈りいたします」
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by rukachas | 2008-06-14 18:29 | ニュースの話 | Comments(0)
「幼少期の反抗はガス抜き」反社会的な大人を作らないために
反抗期先週、小学生の甥っ子の運動会に出席するため、遠く離れた妹の家まで出かけた。そこで「子供の反抗期」について語る機会があったので30分ほど議論してきたのだが、私は最近この「反抗期」について非常に関心を持っている。
理由は二つ。ひとつは、私の甥っ子4号くんが現在「思春期&反抗期」のまっただ中であること。
そしてもうひとつは、最近「正しい反抗期を経ずに育ってきたであろう者」による犯罪が相次いでいるからだ。

私はその日の夜、家に帰ってきてニュースを見て驚いた。東京・秋葉原で起きた衝撃的な通り魔事件。静岡県に住む25歳の男がトラックで秋葉原の歩行者天国に突っ込み、通行人をはねたあと車から降りてナイフで手当り次第に殺傷したという、7人死亡10人負傷の大惨事。
その後の調べで、この男は携帯電話サイトの掲示板に犯行直前まで逐一書き込みをしていたことが判明した。内容は毎日jpの記事を参照。
毎日jp 6月9日の記事

午前5時21分に「秋葉原で人を殺します」で始まって、犯行直前に「時間です」で終わる断続的な書き込みには、まるで自分が映画の主人公にでもなったかのような身勝手さが表れている。
しかし私がもっとも気になったのは、この男が書き込んだ文面のこの部分。
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午前6時02分 いい人を演じるのには慣れてる みんな簡単に騙される
午前6時03分 大人には評判の良い子だった 大人には
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報道によると、容疑者は高校時代に成績で挫折を味わったらしいが、小中学校時代は優等生で、周りの大人からはとても良い子と見られていたらしい。
しかしその「良い子」も、容疑者本人に言わせれば「いい人を演じるのには慣れている」となるわけだ。なぜ良い人に「なる」のではなく、良い人を「演じる」ことになるのか?

それは、幼少期の親の育て方に問題がある。
私はこのサイトを通じて過去何度も『軍隊式の子育て』『良い子を強制すること』『児童の無邪気さを奪うこと』は、百害あって一利無し、まともな人間が育つわけがないと警告してきた。今一度、声を大にして警告したい。

親はしつけのため、子供の言動を抑制したり強制することがある。ときには誰にも迷惑をかけていないことで叱ったり、恐怖と威圧で強引に従わせることもある。
しかしそれが子供にとって理不尽な要求であったり、本能的に持っている無邪気さや放縦さ、天真爛漫さを抑え込むようなしつけであった場合は、子供の心に次第に抑圧による膿みがたまっていく。

少年や若者による犯行の事件報道で、過去何度も繰り返されたこの言葉、「子供の頃は良い子だった」「親の言うことをきく素直な子だった」等々。
しかし親や周りの大人たちの前でだけ、良い子を演じていただけなのかもしれない。演じなければいけない状況を、大人たちが作っていたのかもしれない。

事実この容疑者はネットの掲示板に「小さいころから「いい子」を演じさせられてた」と、親への不満を書き連ねていた。
また、幼少期に親に理想を押し付けられ、自分の感情を抑えて育ちながらも、親は下の弟ばかりを可愛がっていた、という報道もなされている。

今回の秋葉原だけでなく、今年はこのような通り魔事件が立て続けに起きている。
記憶に新しいものでは、3月に茨城県土浦市の荒川沖駅で、24歳の男が包丁とナイフで通行人を次々と襲って8人を殺傷した事件があった。
容疑者は高校時代に弓道部に所属し、学校関係者は「まじめで一生懸命やる子だった」と証言している。しかし大人になってからはキレやすい性格だったらしい。

どちらの容疑者にも共通しているのは、世の中がイヤになったという感情が、見ず知らずの人を殺そうという発想に繋がっていること。(幼少期の愛情不足)
自分の身の逆境を、他の人間に責任転嫁していること。殺すのは誰でも良かったと、自分以外の人間をモノのように見ていること。(人との心の繋がりの希薄さ)
大人になるにつれキレやすい性格になった。(幼少期の心の抑圧による)
そして、子供のころ周りの大人には「真面目で良い子」と映っていたこと。

運動会で子供たちの元気な姿を見たあとだけに痛感した。今の子供たちを、こんな性格の大人にしてはいけないと・・・。
そのひとつの対策として、せめて小学生の頃には思いっきり悪ガキになれて、ふざけられて、大人に反抗できる定期的な「ガス抜き」が絶対に必要だ。
「うちの子は反抗ばかりして言うことをきかない」「いたずらばかりしている」と嘆いている親御さんに私は言いたい。親の言うことをなんでもハイハイと聞いて手のかからない子よりも、ずっと安心して良いですよ...と。

とは言っても放任ではいけない。親は子供にモラルを教え、他人に迷惑をかけないためにキチンとしつける必要がある。子供の心を壊さないまま正しくしつけるにはどうしたら良いのだろう?
このブログのサイドにあるタグ「子育て」をクリックすると、私が書いた子育てに関する記事が表示される。その中には子供の心を扱った記事も少なくないので、子育てをしている親御さんにはぜひご覧になっていただきたい。
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by rukachas | 2008-06-10 22:17 | 子供の話 | Comments(0)
変わらぬ美味しさ
アクエリアス久しぶりに「アクエリアス」というスポーツ飲料を飲んで思った。かなりポカリスエットに近い味になったなと。

厳密には違う味だし、甘みもポカリより少ないのだが、出始めの頃のアクエリアスはもっとプラスチックっぽい、リカちゃん人形を噛んだような味だったと記憶している。他のスポーツ飲料もそうだが、ずいぶんと飲みやすくなったもんだ。

「昔はこんな味じゃなかった気がする」というのは結構あるもので、同じ商品でも原材料が変わったり配合が変わったりしながら、味も少しずつ変化しているのかもしれない。
だからこそ「これって昔からこの味だった?」と妙に気になるときがある。たまに復刻版のチョコやらスナックやらが発売されることがあるが、これだって当時の味とピッタリ同じかどうかはわからない。

私がアクエリアス以外で、味が昔と違うような印象を受けたのは、中野物産の「都こんぶ」、甘酸っぱいロッテのキャンディ「小梅ちゃん」、何故かピーナッツが入っている東ハトの「キャラメルコーン」、お馴染み「ペプシコーラ」などなど。
とくに都こんぶと小梅ちゃんは、もっとクセのある味だったような気がするのだが・・・。

これらは本当はまったく変わっていないのに、単に味に慣れて、つまり味覚が変化しただけなのか?それともやはり時代によって味が変わってきているのか?
もしタイムマシンがあれば、当時に行って食べ比べてみたいね。(゚▽゚*)
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by rukachas | 2008-06-02 23:12 | 懐古の話 | Comments(0)