子供大好きRUKAの雑記帳
by RUKA
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31
カテゴリ
タグ
以前の記事
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 11月
2015年 08月
2015年 05月
2015年 02月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 07月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 07月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月
2005年 09月
2005年 08月
2005年 07月
2005年 06月
2005年 05月
2005年 04月
2005年 03月
2005年 02月
2005年 01月
最新の記事
最新のコメント
acさん、はじめまして。..
by rukachas at 12:27
私もHDDの増設半年後に..
by おこのみソース at 16:08
私もこの記事と同じような..
by ac at 23:34
matsudaさん、はじ..
by rukachas at 00:34
管理人様、はじめまして。..
by matsuda at 16:51
<   2009年 05月 ( 2 )   > この月の画像一覧
「The Light of Smile 笑顔の灯り」 10周年
c0039181_23123183.jpg私のサイト「The Light of Smile 笑顔の灯り」も、開設してから10年が経った。
思えば10年前の5月22日、初めてホームページなるものを公開し、自分の作品や考えを伝える場を作ることの楽しさを知ったわけだが、多くの人に子供の素晴らしさを伝えたいという強い思いがあったからこそ、10年も続けられたんだと思う。

だいぶ前にも書いたことだが、親と子と、それ以外の子供好きの三者を対象とし、親と子供には子供好きの気持ちを、子供好きには親と子供の気持ちをそれぞれ伝えているサイトは、私も12年間ネットをやってきたが未だに自分のサイト以外には見たことがない。
この独自性はたんに奇をてらったものではなく、子供たちを守るためには、つまり子供が心から笑顔になれる環境を作るためには、親だけでも子供好きだけでも不十分だと思うからだ。

ご存知のとおり、子供の敵は他人ばかりではない。近年はとくに親による虐待が数多く報告されている。子供を作っておきながら子供を嫌う(または無関心な)親があまりに多いが、それは子供の魅力や価値を知らないからだ。
かたや、子供の魅力を存分に感じているであろう者というと、子供好きの皆さんということになるのだが、子供好きの中には「エセ子供好き」、つまり自分の欲求を満たすために「子供を好んでいるだけ」の者も多い。

もちろんそれらは一部の人間であり、子を持つ親のほとんどは子供を愛している立派な親御さんだし、子供好きのほとんどは子供のためを考えている立派な子供好きさんだと思う。
だがたとえ一部にしても、大人の中には子供を嫌ったり無関心だったり、関心はあっても性的な面だけだったりと、子供たちにとってマイナスとなる大人がいることは事実。

それは普段から「子供のために」という心がけと、子供の真の魅力や大切さを知る機会が少ないのが一要因。
子供に無関心な親は、真面目な子供好きから子供の魅力や価値を存分に学んでほしいし、子供をただ好んでいるだけの者は、真面目な親御さんから子供の様子や子育ての苦労を学んでほしい。
そのための機会として、子供と親と子供好きの三者が言葉を交わす場が必要であると思うわけだ。

当サイトの掲示板の過去ログを見るとわかるが、当初はそんな三者の会話がそれなりに弾んでいた。
もちろん私を介しての交流だったが、親御さんが自分の子供の話題を出すと、子供好きさんたちから「可愛いですね」と返事がある。子供好きさんたちが子供についてのうんちくを披露すると、親御さんたちも体験談として情報を与えてくれる。子供たちが学校での様子や悩み事を書きこむと、子供好きさんたちが親身になって答えてあげる。
そんなやり取りがあり、子供まわりの「笑顔のトライアングル」がみごとに機能していた。

ところがここ数年はそれらの交流も影を潜めてしまい、三者間の壁がさらに分厚くなってしまった。
「井の中の蛙、大海を知らず」とは言うが、ネットコミュニティの普及によりジャンルが細分化され、それぞれが狭い井戸を求めるようになり、むしろ外の大海を知らぬほうがわずらわしくなくて良いと感じ始めたのだ。子供たちにもネットケータイが普及し、親子のあいだでさえ壁がさらに厚くなったように感じる。

だがこれではますます、子供にとって子供とは自分というだけであり、親にとって子供とは育てる対象というだけであり、子供好きにとって子供とはただ好む対象というだけになってしまう。
このような狭い範囲での馴れ合いが、それぞれ勝手に子供というキャラを形作り、自分たちに都合の良いようにしか解釈せず、言うなれば子供の真の姿(価値)を知ることなく過ごしてしまうために、その結果子供を嫌う者、虐待する者、自分の欲求のために好んでいるだけの者が増える結果となっている。

私はずっと当サイトを通じて三者間の情報交流の大切さを訴えてきたわけだが、ここ数年そういった交流が減ってしまったことは非常に残念だ。
その背景には、ネットで平気で性的な発言をする「エセ子供好き」の出現により、子供たちや親御さんたちが引いてしまったということもあるだろうし、または初めから子供に興味がない親が増えたことも原因としてはあるだろう。

私が対象としているのはそんな人たちではないが、当サイトを見た人が真の子供好き(子供を思いやり、大切にする人)に変わる切っ掛けとなれば嬉しいし、そうなった際にはぜひまた、親と子と子供好きの皆さんで「笑顔のトライアングル」を実現してほしいと願っている。
[PR]
by rukachas | 2009-05-24 14:32 | 子供の話 | Comments(0)
冤罪
電車私は電車に乗るのが苦手。これでも若い頃は電車通勤していたくちだが、ラッシュ時の窮屈さと息苦しさ、そしてあのなんとも言えない抑圧感が苦手だった。
その後、もう20年以上も電車通勤していないせいか、今ではさらに電車に乗るのが苦手になってしまった。しかも最近は痴漢冤罪の事件も多く、ひと事とは思えない。

先月の14日、電車内で痴漢をしたとして1審2審で有罪判決を受けた大学教授が、最高裁判決で無罪となったというニュースがあった。
被害者の女子高生の供述に信用性がないとして、教授の無罪が確定したのだが、痴漢事件から3年の歳月を費やしたこの教授の心労は如何ばかりだったろうか。ひどい話だ。

私は5歳の時、痴漢に間違われたことがある。といってもそんな大それたことではないが、母親と夕方、バスに乗っているときのこと。母は真ん中あたりの席に座り、私は前のほう、運転手の後ろあたりに立っていた。
私が手すりをつかんでその手をスルスルとスライドして遊んでいたら、ちょうどそこに女性が手すりにお尻をくっつけて立っていたため、私の手の甲と女性のお尻が触れていたらしいのだ。

なにせ幼い子だからなんの悪気もなくそのまま手を動かして遊んでいたのだが、その女性は突然振り向くと私をキッと睨みつけてこう言ったのだ。「あんたなに触ってんのよっ!」
私は見ず知らずのオバサン(お姉さんだったかもしれない)から突然怒られて、ビックリしてしまった。当時は怒られた理由など見当もつかなかったが、成長してから思い起こして「ああ〜なるほど」とわかった出来事だ。

こんな、痴漢などするはずのない幼い子(しかも母親もそばにいるのだから)に対しても、自分が痴漢されたと思い込むほど自意識過剰な女性は決して少なくはない。
そばにいて手が触れてしまったのが中年の男性だったら、決して言い逃れはできないし、もしカバンや傘が偶然に当たったのだとしても、女性が「痴漢された」と訴え始めたらもう男は逃げられない。世にも恐ろしい痴漢冤罪の発生だ。

男性が女性を指差して「この人痴漢です!」と言っても、おそらく周りの誰もが真剣には取り合わないだろう。女性が否定したらそこで終わってしまうこと。
ところが男性の否定は弁解と受け取られ、痴漢が事実であるとの前提で事が進められてしまう。

大学教授の件では、被害者の女性が嘘をついたとは思わない。だが、根拠のない思い込みや、あるいは早く終わりにして忘れたいという思いから、供述時に自分勝手さが露呈してしまったのかもしれない。

また昨日のニュースでは、1990年に4歳の女児を殺害したとして無期懲役が確定した元幼稚園バス運転手のDNA再鑑定の結果、DNA型が一致しなかったという報道がなされた。この事件も冤罪の可能性が限りなく高くなったわけだ。

痴漢とされた大学教授の場合も、殺人者とされた元幼稚園バス運転手の場合も、真の犯人は自分が捕まらずにホッとしている。そこを見逃して良いはずはない。
安易に冤罪を作り上げてしまう背景には、痴漢する者が自分のことしか考えないのと同じように、被害者も警察も自分たちのことしか考えていないという図式があるからではないだろうか?

ウソ発見器(ポリグラフ)といえば容疑者への取り調べでお馴染みの機械だが、公正を期すためには被害者や目撃者、はたまた捜査する警察関係者に使うことも時には必要なのかもしれない。
[PR]
by rukachas | 2009-05-09 20:52 | ニュースの話 | Comments(0)