子供大好きRUKAの雑記帳
by RUKA
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テレビとともにゲームとともに
ゲームに夢中最近のテレビはつまらない・・・つくづくそう思う。これは多くの人が感じていることだし、関係者であればなおさら痛感していることだろう。
テレビ界全体のモチベーションが下がり、昭和のテレビ界にあったあのワクワク、ドキドキ、ギラギラ感がまるで無い。ハードの質は上がったがソフトの質は下がった、というひとつの例だ。

私もネットをするようになってからテレビをあまり見なくなった。もともとは情報を得るためにテレビを見ていたのだが(娯楽番組も含めて)、今やそれがすべてネットで事足りるようになってしまったからだ。しかもテレビならではの情報というものが、ますます少なくなっている。
先日も久々に夜のテレビ番組を見て、あまりにお笑い系バラエティーが多いので驚いた。実際にはお笑いばかりではないのかもしれないが、どのチャンネルもお笑い芸人が出ずっぱりだ。
コンパや宴会のノリで進行する軽い構成の、一昔前のローカル番組かと思うような番組が多くなっているのを見ると、現代のテレビの役割、存在意義はなんだろうと考えてしまう。

私自身は2011年のアナログ波終了と共に、テレビとオサラバしても良いと思っているくらいだが、私の親はそうはいかない。オフクロはともかく、親父はネットは使わない(拒否反応)、ケータイは音声通話のみという、未だに新聞とテレビのみを情報源としている旧世代。テレビがなくなることは、日々の楽しみがなくなることに等しい。
同じように、大相撲中継や水戸黄門を唯一の楽しみにしているお年寄りも少なくはない。

最近は若い人のテレビ離れが加速しているそうだが、高齢者のテレビ離れが加速しているという話は聞かない。2011年のアナログ波終了で、ワケがわからず見なくなる(見れなくなる)人はいると思うが、自らテレビ離れをする理由は高齢者にはない。むしろ災害時の緊急放送などで重宝するだろうし、それこそテレビ本来の優位性とも言える。
よってこれからはNHKも民放も、若年層中年層を狙うよりは、高齢者に媚びた対応をしていくほうが得策だ。テレビと共に育った世代は年をとってもテレビが手放せないのだから。

子供のころ好きだったものも、それが明らかに子供向けのものであれば、ある程度の年齢になれば卒業するものだ。公園の遊具で遊ぶことも、おままごとも、正義のヒーローに夢中になることも。
しかしテレビやネットのように、あらゆる世代のコンテンツが混在するものについては何歳で卒業ということはない。ゲームソフトも幼児向けからアダルト向けまで様々なものがあるのだから、ゲーム機と共に育った現代の子供たちが、年をとったからといってゲームをしなくなることは考えられない。

今から50年後には、独り暮らしのお年寄りの唯一の楽しみがテレビゲーム、という時代が来るのかもしれない。そんな人たちにとっての水戸黄門はポケモンだろうか?ドラクエだろうか?
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by rukachas | 2007-09-08 22:46 | モノの話 | Comments(0)
行き過ぎたフィルタリングは正しい判断を鈍らせる
バイオハザード私はこのブログを「だ・である調」で書くことが多い。それは数行の簡単な文章で済ませていた初期の雑記のなごりでもあるのだが、堅い内容だと威圧的になりかねないので、今日は久々に「です・ます調」で書いてみることにする・・・いや、します。

4月12日に書いた「大人と子供で共に感じよう」と題した記事では、「大人と子供は物事に共感することで意思の疎通が計れるようになる。そのうえで大人は子供に対して必要な情報をしっかりと伝えていこう」という話をしました。
何故このような話をしたのかというと、最近パソコンショップのソフトウェアの広告で、子供への情報フィルタリングソフトをよく見かけるようになったからです。子供が使うパソコンにインストールしておくことで、子供が見るサイトを制限できるソフトです。

多くのフィルタリングソフトには予めデータベースにいくつかの有害サイトが登録されていますが、子供自らアクセスしようとしたサイトがあからさまな有害サイトではない場合(そのケースのほうが多いと思いますが)、見れるか見れないかはページに含まれるキーワードや、親によるセッティング次第といえるでしょう。

となると、子供への悪い影響を考えての選り分けだけでなく、親の主観や思想によって選り分けてしまう可能性も出てきます。子供にジャイアンツのサイトを見せたくないと思うタイガースファンの親もいるかもしれませんし、将来子供に国家公務員になってほしい親は、漫画家やアニメーターになることを推奨するページを見せたくないと思うかもしれません。
つまり、親による「子供に見せたい見せたくない」の選り分けは、必ずしも子供に「悪影響を及ぼす及ぼさない」の選り分けとは限らないということです。

とはいえ、フィルタリングソフトを導入することで少なくとも暴力的なサイトやポルノサイト、出会い系サイトなどに子供がアクセスすることを防げるのですから(完全ではありませんが)、親としては何もしないでいるよりは安心できますね。

しかしここが大事なのですが、インターネットはテレビと違い勝手に映し出されるものではなく、自分からアクセスして見るものです。
子供が有害サイトを見ることだけを問題視する大人が多いようですが、そもそも有害サイトを見ようと思うその子の心の内を、もっと考えてやらなければいけません。壁を作るだけでは乗り越えようとするだけです。

また、ひとくちに有害サイトといっても、暴力、犯罪、自殺、ポルノ、ヌード、セックスなどの単語が含まれているというだけで有害だとフィルタリングされてしまうサイトも少なくありません。
事実このブログも、今これらの単語を書いたために、キッズgooの検索結果からここへはアクセスできなくなったはずです。(フィルタリングされてしまうので表示されない)

ですから、ネットの影響について書かれた文章でよく見かける「暴力、ポルノ、差別など、子供に見せたくないサイト」という文章は、正しくは「暴力、ポルノ、差別などを”推奨している”、子供に見せたくないサイト」とするべきではないでしょうか。
私は暴力やポルノや差別について書かれているページをもし自分の子供が見たとしても、それが悪いことであると教えているサイトなら閲覧禁止にはしません。なぜならこの場合の「影響」は良影響であり悪影響ではないからです。

「そのサイトが文字だけなら良いが、画像が貼られていたらどうするんだ!」と思う方もいるでしょう。
私が言いたいことはまさにこの事なんですが、子供は不快と感じたものへ自ら近づくようなことはしません。近づくとしたらそれは不快ではないからです。
暴力描写にせよ犯罪誘発にせよ性情報にせよ、なぜ大人たちは、子供がそれを不快と感じる幼い頃に、知ることさえも禁止するのでしょうか。

不快だと感じた記憶を有せぬまま育った子が、不快だと感じなくなる思春期を過ぎたあたりで初めてそれらの情報を得れば、好奇心から歯止めが利かなくなるのは当然です。
逆に言えば、それを不快と感じる幼い頃に、自ら見たがったり知りたがった場合こそ、そこから遠ざけるチャンスだということです。

「バイオハザード」というゲームソフトがあります。このゲームは残酷描写のため15歳以上推奨、18歳以上推奨とレーティングが設定されています。つまりショッキングなので小さな子はやらないようにと警告しているゲームなわけです。(あくまでも推奨年齢ですが)

私の部屋にはPS版のバイオハザードがあるのですが、昨年小学3年生の甥っ子がうちに来たとき、このゲームをやりたいと言い出しました。
私は「これは残酷なシーンが多いからやめたほうがいいよ、怖くて泣いちゃうよ、夜眠れなくなっちゃうよ」と言ったのですが、好奇心旺盛な甥は大丈夫だからやりたいやりたいの一点張り。

ならばとやらせてみました。見た目に異質なものは敵であるという印象を持ち、グロテスクに対しある程度の免疫が付く中高生になってからこの手のゲームを知るよりは、不快と感じる歳のうちに自分で判断してほしいと思ったからです。

ゲームが進むにつれてだんだんと画面から離れていく甥っ子。一段と怖い場面では、私にコントローラーを渡して「ここだけやって!」と逃げ腰でした。しかしゲーム性が面白いので、私が「怖いならやめたら?」と言ってもやめようとはしません。かなり楽しんでいるようです。しかし1時間ほどでセーブして終わらせました。

甥は次に来たときも、前回セーブしたところから続きをプレイしていましたが、私はそのあいだ横で見ながらストーリーや状況を説明していました。(この子もいろいろと訊いてくるので)
「この人たちはもとから怪物だったわけじゃないんだよ、怖いウィルスでこうなっちゃったんだよ」「うわ、撃たれた!痛そ~!」「頭が飛んだっ!かわいそ~!」・・・と、ゾンビの哀れさを実況。

甥はその次に来たときからピタリとこのゲームをしなくなりました。「続きやらないの?」と訊いても「もうやらない」と言うだけ。怖いだけでなく不快さも感じてきたんでしょうね。(私の説明が不快だった可能性もありますが・・・)

怖さというのは、そこから離れたあとにジワリジワリとやってくるものですが、罪悪感や不快感もまた然りで、はじめは感じなくてもあとからジワリと感じてくれれば、それが歯止めという良影響になります。
たとえ中学生以上になってこの手のゲームを好んでするようになったとしても、残虐を不快と感じた記憶がある子と無い子では、その後のモラル意識にも差が出てくるように思います。

罪悪感や不快感を感じぬまま過激なコンテンツに触れ、そのインパクトが快感になってしまった子が、歯止めが利かず実際の動物虐待を起こし、その後人間への危害も・・・というケースも、少ないかもしれませんが無かったわけではありません。
もちろん私の甥がそういう子だとは思っていませんが、悪影響ばかりを考えてなんでもかんでも隠す(フィルタリングする)のは、如何なものかと思うのです。

親が説明や道案内をすることを前提としたうえで、子供が自ら「感じて」善し悪しを「判断する」、そんな機会を与えてあげることも大切ではないでしょうか。
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by rukachas | 2006-04-16 23:49 | 子供の話 | Comments(0)
動きは人間 見た目は人形
ホラーキャラクターテレビでプレイステーション2用の新作ソフトのCMが流れた。まるで実写のような滑らかな動き、派手なアクションをとるキャラクターたち。まるで人形が動いているようなリアルさだ・・・そう、人間ではなく。

いつもゲームのCMを見る度に思うのは「何故TVゲームのキャラクターは、未だにこうもイラスト臭いのだろう?」ということ。現在のTVゲーム機はかなり緻密な描画が成されるようになった。モニタ画面に映っている写真も広義ではCGといえるわけで、つまり現在のゲーム機の性能を以てすれば、実写並のキャラクターを表現することができるはずだ。
ところがどんなに写実的なゲームも、ことキャラクターに関しては「エアブラシで描いたようなイラスト」という域を脱していないのは何故なのか。格闘モノにしてもバイオハザード系のアドベンチャーにしても、実際に役者を撮影したようには見えず、言ってみればマネキンが動いているような絵だ。(一見してCGだとわかるという意味で)

本当にリアルさを目指しているのなら、実写をカメラで取り込むのが一番。ところが動きはモーションキャプチャーで役者の演技を取り込んだとしても、その姿や顔まで取り込むことは稀だ。
それは技術的な問題だったり経費の問題だったり、ゲームなりのキャラクターを創造する必要性があったりと、理由はいくつかあると思うが、一番の理由はキャラクターが実写では売れ行きが落ちるからではないだろうか?

過去の例でも、たとえば「同級生」など、同じゲームのCG版と実写版では実写版のほうが人気がなかった。海外のゲームによくある、実写の人間が動き回るアクションゲームも、日本ではあまり振るわない。
脚本も構成も優れた良いソフトであっても、実写版というだけで距離をおかれてしまうケースもある。サターンとプレステで発売されたチュンソフトのサウンドノベルゲーム「街」などは、実際に「実写なので買う気が起きなかった」という意見もいくつか目にした。「かまいたちの夜」はあれほど売れたのに。

バイオ系のホラーアドベンチャーも、人形を動かしているようではなく、実際の人間が動いているように見えれば、それこそ下手なホラー映画よりも一体感があって楽しめると思うのだが、どうだろう?やっぱり売れ行きは落ちるのかな?
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by rukachas | 2005-03-21 23:59 | 電気製品の話 | Comments(2)
バレンタイン・ゲーム
ゲームに夢中バレンタインデーに小学校で殺人事件・・・しかも犯人は17歳の卒業生。
バレンタインデーでしかも月曜日ということで、男性による何かしら鬱病的な事件が起こるのではないかと思っていたが、まさかまた小学校でとは・・・。

ニュースでは盛んに「犯人はテレビゲームばかりやっていた子」という一面を強調している。ゲームが彼の人格形成に影響を与えたのかどうかは定かではないが、関係者らの証言を聞く限りでは、不登校や社交性の欠如の一因になったことは確かだろう。
テレビゲームの影響というと、ゲーム脳といわれる大脳への影響ばかりが取りあげられるが、他の事をしなくなる、夜更かしをしがちになる、時間を守らなくなるという間接的な影響もある。
「うちは時間を決めて、長時間やらせていないから大丈夫!」と思っている親も、友達の家でもやっていることや、携帯ゲーム機の存在を忘れてはいけない。

また親は、子供がゲーム機を操作している時間(実質上のゲーム時間)だけで是非を判断しようとするが、それは間違い。ゲームの攻略本が飛ぶように売れるのは何故なのか?ゲーム関連のグッズが人気なのは何故なのか?それは子供たちにとって(一部の大人たちにとっても)生活の中にゲームの世界が深く浸透していることを表している。
テレビゲームは本来、生活の中での息抜きや、ちょっとしたビデオ鑑賞のようなものであるべきだと思うのだが、そこに操作すなわち作業という行為が加わる事で、生活との一体感、つまり自分の中での重要度を上げてしまい、結果的に生活がゲームに縛られてしまうというわけだ。

私の中学2年の甥っ子が、現在まさにゲームに夢中な状況。これは小学生の頃から続いてきたことではあるが、まわりの様々なことに興味を示すであろう多感な時期になっても、相変わらずゲーム一辺倒の場合は、親は「今が危うし!」と認識すべき時だろう。私もここ数年は気が抜けないなと思っている。

アルコール依存症、タバコ依存症、薬物依存症、ギャンブル依存症、ゲーム依存症・・・たくさんの依存症があるが、すべて提供している側は「消費者(お客)の使い方しだい」という認識でおり、罪を問われることはない。
しかし子供が使っているゲームだけはそうは言っていられない。基本的には家庭のしつけの問題なのだが、間接的にせよ子供の心身に悪影響があるのであれば、メーカーは何らかの措置をとる必要があるだろう。(ソフトの年齢制限だけでなく、ハード的な時間制限機能、管理者への通知機能などなど)

まぁどんなものも、夢中になり過ぎるのは良くないね。( ̄ー ̄)y-~~~~
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by rukachas | 2005-02-14 23:58 | ニュースの話 | Comments(0)
暗闇ばかりに光が当たる
思いやり昨日の夜中、日テレで「ネット依存の恐怖」というドキュメンタリー番組があった。
ところがまぁじつに偏った作りで、見ていて半ば呆れてしまった。

番組で取り上げていたのは、1日中ネットをしているというある母娘。ひきこもりになった35歳の男性。そしてネットを始めてから虚言や他人への攻撃性が出はじめ、最後は多重人格になったという男性の話。
4人とも毎日昼夜を問わず、オンラインゲームやゲーム内のチャットをし続けている人物だった。つまりはオンラインゲーム依存症だ。

ところが番組では、それらを「インターネット依存症」と称して報道していた。「インターネットをしていると・・・」という言葉で一括りにしている。
最近では小中学校でもネットを使った授業が盛んだが、よく知らない母親がそれにさえも危機感を感じかねない内容だ。

番組の中である医師が言った。ゲームやチャット中はまず右脳の働きが鈍り、他人への思いやりや人の感情を理解するという感覚が衰える。そのあとは左脳の働きが鈍り、論理的思考能力が低下する。
たしかにそうかもしれない。ゲームやチャットを長時間やり続けることで、脳の前頭葉になんらかの悪影響があることはデータが示している。

しかし「インターネット・イコール・ゲームやチャット」ではない。
オンラインゲームやチャットを1日中ダラダラとし続ける者や、悪心ある者が集うネットの一角での事例を取り上げて、これこそがインターネットであると言わんばかりに報道するのは如何なものか・・・。
福祉の勉強をネットでしている者は、他人への思いやりが希薄になるのか? 難しい数式をネットで勉強している者は、論理的思考が鈍るのか?
そんなことはない。ようはネットで何をしているかだ。

テレビ局はくれぐれも「インターネット」で一括りにせず、ネットの何が危ういのかを明確に伝えてほしい。そうでなければ、人を思いやる心を伝えたいという私のサイトの存在意義が、無意味になってしまう。
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by rukachas | 2005-01-24 21:46 | ニュースの話 | Comments(2)