子供大好きRUKAの雑記帳
by RUKA
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私にとってSNSは・・・
Google+とFacebook今月、大手のSNSである「Google+」と「Facebook」に登録してみた。
べつにSNSがやりたかったからでも、必要に迫られたからでもない。ただ、どんなものか試してみたくなったから。

どちらも実名登録が決まりとなっているが、Google+は今年から実名以外のユーザー名を許容したそうなので(ただし広く知られている名前に限る)私はもう15年もネットで統一しているRukachasという名前でそのまま登録した。
Googleをはじめ、ネットの無料サービスはすべてこの名前で登録している。

Rukachasという名前の人間はそう多くはいないだろうから(ネットで検索すると私しかヒットしないので、もしかしたら地球上で私だけかもしれない)そういう意味では実名よりもパーソナリティーが高いとも言える。

Facebookのほうはそういった許容がないので仕方がない。だがローマ字だけの登録でも良いそうだ。
最初に漢字で登録したら同姓同名のユーザーがたくさん見つかり、しかも漢字まで完全に一致する人もいる。これでは誰かが名前で検索した時に混乱しかねないので、私はローマ字だけの登録にした。
ニックネームの登録欄はもちろんRukachas。この名前が載っていないとネットの仲間が私のFacebookだと認識できないからね。

どちらも名前以外は公開・非公開を細かく決められるので、世間でよく言われている危険性については、とにもかくにも利用者次第と言えるだろう。
公開しなくてよいことは公開しなくてよいし、公開するべきでないことは公開するべきではない。公開を入力と置き換えればさらに良し。
プロフィール欄をすべて埋める必要はないし、埋めたければ内容を吟味すればよい。

勤めている会社名を入力すれば、会社の同僚が見つかるかもしれないし、逆に同僚が私を見つけるかもしれない。卒業した学校名を入力すれば、昔のクラスメイトと出会えるかもしれない。
だがそれを必要としない人は、空欄にするか非公開とすればよいだけの話。

ところがSNSでは、自分の個人情報をあからさまに提供してしまう人が多い。何故だろう?
それはSNSというシステムが、自分の情報をさらけ出すことで相手の情報と関連付けられ、相手と繋がることができるシステムだから。
だから私のように特定の人間に固執する気質がまったくない人は、SNSはまったくもって不向きだし、有効活用もできない。

だったら何故始めたのかと言われれば、最初に言ったとおり試してみたに過ぎない。私のサイト、掲示板、ブログと連携して子供好きを増やすことに役立つものなのかどうかを確かめてみただけ。
結論としては、疑問符が3つほど付いた。

さてGoogle+とFacebook、私はまだ始めたばかりで本来の使い方までは至っていないが、ざっといじってみた感じでは、情報公開のしやすさではGoogle+、ライフログとしての使いやすさではFacebookかなと感じた。

基本的に私は一般公開でしか記事を書かないが、Google+とFacebookでは同じ「公開」でも意味が少し違う。
Google+では記事や画像を一般公開すると誰でも見れる状態になる。Google+ユーザーである必要はない。
しかしFacebookでは公開はFacebookユーザーに対しての公開であり、Facebookにログインしていない者は見ることができない。

Facebookのように閉ざされた状態にすることもTwitterのように開かれた状態にすることも自在にできるGoogle+のほうが使い勝手は良さそうだが、やはり後発の弱みだろうか、ユーザーが似たり寄ったりであるような気がする。
サークルという便利な機能があるのに、フォローをジャンル分けして面白くなりそうな気配がイマイチ感じられない。(その点Facebookのユーザーは千差万別)
しかし画像アルバムに関してはさすがGoogleといった楽しさを感じることができた。

最後にちょっと横道に逸れるが、掲示板の話。
私は情報を発信する(投稿する)ツールとしてはブログが一番便利だと感じているが、SNSを使ってみて改めて思ったことがひとつある。
それはインターネットのコミュニティとしては最古参に属するであろう「掲示板」の素晴らしさ。
なにしろログインなどする必要もなく、それを見た誰もがその場で投稿できる。自分の考えを主張したり誰かの書き込みにレスする、つまり会話することが容易だ。
しかも検索エンジンにも拾われやすく、たくさんの人に見てもらえる。

中にはアングラな掲示板もあるだろうが、基本的に掲示板は公共施設に掲げられたリアル掲示板同様、誰もが平等に使えるものでなくてはならない。
一時期mixi疲れ、SNS疲れという言葉が流行ったが、Google+もFacebookもそれは同じこと。実社会で関係している人とネットでも繋がっているのだから、そりゃあ疲れもする。

人は赤の他人よりも、身近な人とのあいだでより多くのストレスを感じている。
だからこその掲示板。自分の個人情報など書き込みもしないし、他人の個人情報を求めもしない。どこの誰ともわからぬ者同士が内容の興味のみで繋がり、言葉を交わす。
それは一期一会かもしれないし、何年も続くコミュニケーションかもしれない。だがそれがイイ!
人が本音で語れるのは実名だからではなく、ストレスのない心許せる場だから。

私が子供好きさんとのコミュニケーションにSNS的なものを使わず、未だに掲示板にこだわっているのは、その壊れやすい秩序をユーザーのモラルに託すことができるから。
人との繋がりを求める場所がSNSであるなら、心の繋がりと広がりを求める場所は今の時代も掲示板であると私は思う。
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by rukachas | 2012-10-17 20:02 | Net&Webの話 | Comments(0)
自分の姿を持つ人持たない人
服とズボンいつも同じ服を着て、同じズボンをはいて、いつ見ても代わり映えのしない人。
なにも服が一着しかないわけじゃあない。同じような色、同じようなデザインの服を何着も持っているだけ。そういう人はとかくセンスがないとか、ダサいなどと言われがちだ。

だがその姿は、オリジナルとまではいかないが、それなりに自分というキャラを形作っている。
これが自分だという確固たる思いの中では、おのずと行動にも責任を持つようになる。

周りにいるまったく関係のない人々の頭にも、自然とそのキャラが残る。だがどこの誰かは知られない。名前も知られない。ただ「あの人よく来るね」とか「先週もいたね」と、その程度の認識しかされない。だがそれがイイ。

これはネット上の多くの個人サイトに似ている。作者がどこの誰かはわからなくても、どのような人かは次第にわかってくるし、興味を持つ人が増えれば見る人も増える。
そうして人の記憶に残り、何か事が起きれば、記憶したほうもされたほうも対処しやすくなる。

ネットの匿名性は悪だとも言われているが、その匿名には2種類ある。
真摯な発言をおこなう上でのリスク回避のため、ネットにもうひとりの自分を形作る匿名性。
そして、不真面目な発言で人を困らせることを目的とし、自分を見えなくする隠れ蓑としての匿名性。
規制するのは後者だけでよいのではないだろうか?

掲示板に書き込むたびにハンドルを変えたり、キャラを変えたり、別人になりすましたり、そういう人は実社会でも「自分の姿」を持たないのだろうか?
気分によって様々な格好をするオシャレさんは、ネットでの交流もカジュアルなのかもしれない。

しかし人は、自分のキャラを固定したときに、発言や行動に責任を持てるようになるのだと思う。
これは実名であるか匿名であるかは関係ない。
その人がその人らしく見せているかどうか、それだけ。
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by rukachas | 2012-06-15 21:15 | Comments(0)
匿名制と実名制の功罪
c0039181_2116950.jpgインターネット上の匿名掲示板が誹謗中傷の温床になっているとして、ネットを実名制にしようという動きが最近起きつつある。韓国では昨年7月からすでに導入しているが、日本の総務省も法的な規制を検討しているそうだ。
この実名制というのは、たんに太郎さんが「私は太郎です」と名乗ればそれで良いということではなく、情報発信者の所在を明らかにするために、氏名や住所がわかるシステムにするということらしい。

たしかに2ちゃんねるを始めとした匿名掲示板では、心ない書き込みや誹謗中傷が相次いでいる。犯行予告が書き込まれ、イベントなどが中止に追い込まれたケースも少なくない。
それらを未然に防ぐための手段として、ネット実名制はたしかに効果があるだろう。何か刑事事件が起きたときにも、犯人が特定しやすくなるはずだ。

しかし私はこの「ネット実名制」には反対だ。世間にありふれた名前ならともかく、多くの人は自分の実名を明かしてしまうと、あとは年齢性別、何市に住んでいるかなど普段の会話程度の情報によって、一般の人間にもいとも簡単に個人特定されてしまう。
もちろん個人特定しやすくすることが犯罪抑止に繋がるわけだが、それは一方で健全なディスカッションを抑え込んだり、弱者を危険にさらすことにはならないだろうか?

実名制推進派のそれは、まるで実名を明かさない者は後ろめたいことがある人間で、実名を明かしている者は清廉潔白な人間であると決めつけているように感じる。
匿名発言と一口に言っても、その他大勢にまぎれてヤジを飛ばすような発言と、一個人として強く主張する発言とを一緒くたにしてはいけない。

実名を伏せたいのは、なにも誹謗中傷をおこなっている連中ばかりではない。実名を明かさないことは(どこの誰なのか特定されないことは)、自分を含め家族や関係者をストーカーから守るという意味もある。
実名を義務づけると、正当な意見を書き込んだ者が、それを不服とする連中から実社会において不当な攻撃を受ける、ということも十分起こり得る。
実名を公表しないと発言できないようなシステムは、ネットの公共性を奪うばかりか、サイバー暴力の根本的解決にはならないように思う。

私はネットを始めてから11年間、ずっとRUKAというハンドル(ネット上の名前)を使い続けている。
昨年11月、とある初老の男性が私のサイトをけなしたことがあった。その人からのメールにはこんなことが書いてあった。「本当に真面目なサイトであれば、偽名などを使わず、名を名乗ってプロフィールを公開し、堂々と作品を発表して下さい。」
この人は人生の大部分をネットの無い時代に過ごしてきたせいか、私のハンドルを偽名だと思ったようだ。偽名とは、人を偽るためのニセの名前のこと。

上に貼った画像は、数年前に作った私の名刺。(URLが古いままだが、近々作り直すつもり)
ネットで不特定多数に実名が知れるのは危険だが、個人的に渡す名刺に住所や電話番号が書かれているのは問題ない。この名刺にも私の住所と電話番号が載っているが、名前は実名ではなくRUKAとしている。サイトの紹介を兼ねているので、名乗るときはもちろんRUKAだ。
この名刺で私を知った人は、私を実社会でもRUKAさんと呼ぶだろう。だが「The Light of Smile 笑顔の灯り」関係の付き合いならそれが正解。むしろ戸籍上の実名は何の意味も持たない。

匿名は透明人間になるための手段だが、ハンドルは被害が実社会に及ばないようにするための手段である。
日本政府もネットでの実名公表を義務づけるくらいなら、いっそのことネット用の戸籍(個人識別ネームまたはID)を作ってそれで管理するほうが、活発な議論に水を差すことなく、違法な書き込みを減らせるのではないだろうか。
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by rukachas | 2008-01-23 21:22 | Net&Webの話 | Comments(0)
我が子の写真を発表しよう、個人情報ぬきで
子供の写真ネットの動画などでお馴染みのフラッシュムービーの中には、迷路や間違い探しの絵を眺めていると突然大きな叫び声とともに不気味な顔が現れてビックリ、というものがある。心臓の悪い人なら本当に死にかねない、たちの悪いジョークコンテンツだ。

先日、小学生の甥が私にこのビックリフラッシュの話をしてきた。「学校でインターネットしてたら誰かがこれ見てて、クラス中ギャー!ってなっちゃった」
とくに気にせず聞いていたためこの話はここで終わったのだが、あとからよくよく考えてみたら、教室のパソコンで小学生がこれを見られることのほうが、ある意味ビックリなんじゃないか?

というのも、このてのジョークコンテンツは結構くだけたサイトに掲載されることが多く、そのサイトにビックリ系があるなら、おふざけや不謹慎、エロやグロがあることだって十分考えられるからだ。
インストールされたフィルタリングソフトが画像や動画の内容まで検閲してくれるかどうかはわからないが、少なくとも小学5,6年生ともなれば、教室のパソコンでくだけたサイトが見られるのは確かなようだ。

とはいえ、子供たちが情報を受けている分にはさほど心配はいらない。情報を選り分ける能力を養うのも必要なことだし、その情報によって教室の秩序が乱れることもないだろう。
心配するべきは生徒による情報の発信だ。そのへんはセキュリティとして、外部の掲示板に書き込めないよう配慮しているとは思うが、学校が用意した生徒専用の掲示板であっても、誹謗中傷や個人情報を書き込まれるといったトラブルがここ数年多くなっている。

自分や他人の個人情報を書き込んではいけない、というのは子供へのネット教育の基本でもあるが、じつは意外にも大人のほうが個人情報の扱いに無頓着であり、しかもこの「個人情報」について誤解している人が多い。
IPやリモートホストを個人情報だと思っている人や、自分のプロフィールを個人情報だと思っている人、店の監視カメラに自分の姿が写ることを個人情報の漏洩だと思っている人もいる。

個人情報とは、どこの誰であるか、個人を特定できる情報のこと。髪型がどうだとかどんな顔をしているかとか、身長体重、年齢、趣味は何かとか、そんなものは個人情報ではない。

ある若いママさんが、幼稚園に通う我が子の成長記録をかねて子育てサイトを立ち上げた。だが子供へのセキュリティを考え、写真はできるだけ小さくし、子供の顔にモザイクをかけた。せっかくの可愛い顔が台無しだが、子供の個人情報を載せすぎないようにと配慮した結果だ。
ところがこのママさん、日記には子供の名前も、住んでいる市町村名も書いている。いやそこまでならまだいいが、なんと子供が通っている幼稚園名や、いつどんなイベントがあったとか、近所の様子まで克明に書いている。しかもスナップ写真付きで。(実話)

たしかにこのママさんにとっては、子供の顔写真は「個人情報」であり、幼稚園名は「個人情報」ではないのだろうが、子供が誰さんちの誰ちゃんであるかを特定される可能性は、地域名や学校名を明らかにした場合のほうがずっと高い。
全国の小学校のホームページで、生徒を識別できないほどに写真を小さくしたり顔を隠しているのは、「この子はこの学校に通っている」という狭い範囲にまで絞り込んだ情報を与えてしまう恐れがあるからだ。

つまり逆に言えば、どこの誰かわからない個人のページなら、公開する情報に気を遣いさえすれば、子供の顔写真を掲載しても十分セキュリティは保たれるのである。
子供の写真の場合は、モザイクをかけたほうが良いのは子供の顔ではなく、むしろ周りの景色や文字である場合が多い。

子供をお持ちのパパさんママさんには二通りのパターンがあって、自分の子供の写真を世間に公表したがるタイプと、公表したがらないタイプとがある。
我が子の写真をネットで公表したがらない親御さんにはそれぞれ理由があるのだろうが、公表している人に対しても「公表すべきでない」とかたくなに訴える人もいる。
だがもしそれがイタズラや誘拐事件などの被害を想定してのものだとしたら、とんだ取り越し苦労だ。

ネットで子供の写真を見た者が、その子に夢中になり固執する確率。その者が犯罪を起こすような変質者である確率。実際にその子に会おうとする確率。実際に会って犯罪を起こす確率。そしてそれ以前に、その写真からその子がどこの誰であるかを突き止められる確率。
それらを考えてみれば、我が子の写真を公表することなど、街を連れて歩くよりもずっと小さなリスクであることが分かる。

それよりも、我が子を他人に見てもらうことで得られる優越感や、それに費やした作業の充実感、そして子供の写真を通じた心の交流、それらの恩恵のほうがはるかに大きいのである。
よく、一度ネットに流れた写真は消すことができない、この先何年も見られ続ける、という話をする人がいるが、人に見られて困る写真ははじめから掲載しなければ良いだけの話。ウィルス感染による情報流出被害の話とゴッチャにしてはいけない。

日々変わる子供の顔の写真を見られることを気にするよりも、ストーキングされる可能性のある個人情報の流出にこそ、気を付けよう。
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by rukachas | 2007-07-04 04:12 | Net&Webの話 | Comments(0)
ブログ再開とまだ見ぬミクシィ
見えないmixi数ヶ月ぶりのブログ更新。RUKAの雑記ノート執筆再開!
と言っても今後も今までと同じペースでたまに書く程度。思いつくままの不定期更新。

中断期間があったからって、ネタをストックしていたわけじゃない。ではなぜ今年に入ってからずっと書かなかったのか?
それは単純に、書く気が全然起きなかったから。思ったことを文章にする意欲っちゅうか、いやそもそも物事を思慮する能力さえ失せていたのかもしれない。冬の寒さ、春の花粉症のせい?

まぁそんなことはどうでもいいが、最近ちょっと気になっていることがある。たまにある、私のサイトへのmixi(ミクシィ)からのアクセスだ。mixiとは最近流行りの、SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)と呼ばれる会員制コミュニティサイトの大手。
アクセス解析を見てみると、うちのトップページと「知識と心のDNA」のページに、mixiユーザーのサイトから来ている人がいる。だが私はmixiユーザではないので、そのリンク元のページを見ようと思ってもこちらからは一切アクセスできない。
mixiは、既存のmixiユーザーから招待を受けないと参加できない(つまり見れない)というシステムになっている。

mixiユーザーが自分のリンクページにうちへのリンクを載せているのか?日記で取り上げているのか?それとも掲示板で紹介しているのか?ここがお薦めだよという好意的リンクか?変なサイトがあるよという批判的リンクか?
べつにこんなこと気にしなくても良いことだが、どんなふうに書かれてるのかな〜と思ってアクセスしたのにmixiのパスワード入力ページが表示されるというのは、なんとも言えない気持ち悪さがある。

私はインターネットの基本はオープンなリンクと自由なアクセスだと思っているし、実際そうだからこそ、ネットはここまで発展してきたのだろう。
mixiをはじめとしたSNSは、その目的と性質ゆえに会員制にならざるを得ない。しかし招待という方法は人間関係の軋轢を生みがちだし(友達が善人でも、友だちの友だちが善人とは限らない)、会員制であるが故の息苦しさもあるかもしれない。実際に、文章を読んでコメントを残さないことを「読み逃げ」と呼ぶなど、妙なルールも暗躍しているそうだ。

SNSはよく「閉ざされたコミュニティ」と称されるが、私はむしろ「隠されたコミュニティ」と称したほうが的を射ているような気がする。
外部の素性の知れない人を遮断し、仲間内だけの心地よい世界に暮らすのは大いに結構。しかしSNSは決して閉ざされてはおらず、ただ隠されている。
私はSNSの詳細を読んで、素性の知れた仲間だけの健全なコミュニティというよりも、素性の知れない人とのコミュニケーションは不健全だという観念に基づいているような、そんな印象を受けてしまった。(偏見かもしれないが)

外界と閉ざされることなく外界から見えない世界は、いったい何を生み出すのか。
外に向かって素性(個人情報)を明かすことが良いことだとは思わないが、情報が一方通行の小国家のようにはならないでほしい、と思うのであった。
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by rukachas | 2007-04-16 20:29 | Net&Webの話 | Comments(0)
いつか無欲の勝利!
抽選利用プロバイダのトップページを見たらプレゼント抽選をやっていたので応募してみた。良さそうなのが「ニンテンドーDS」だけだったので、それを選んで応募ボタンをポチッとな・・・。
もし当たったら甥っ子にでもあげようか。まぁ確率からいって当たらないだろうけどね。(じゃあ応募すんなよ~!)

私は懸賞の当選にはまるで縁がない、というより運がない。ど~でもいいお遊びクジには当たることもあるので、そっちのほうで運を使ってしまうのか?・・・なんにしても、当たり外れはしょせん確率次第だということを実感させられてばかりだ。
若い頃は雑誌のプレゼントコーナーにハガキを出したり、ネットを始めてからは懸賞サイトを使って応募していたのだが、これが全くかすりもしない。大昔にフジカセットの懸賞でYMOシャツとカセットブックが当たったのを最後に、運がどっかに行ってしまったようだ。ヽ(´・`)ノ
しかも最近は個人情報漏れ(垂れ流し?)が心配で、そう易々と応募する気にもなれず、手軽さがウリのネット懸賞ももう随分とご無沙汰。今はプロバイダが行っているプレゼントコーナーに、たまに応募してみる程度だ。

そういえば私は宝くじを買ったことがない。気軽な懸賞でも諦めムードなのに、さらに確率の少ない宝くじなど買う気が起こるはずもない。でも意外とそんな諦めムード、無欲の時にこそ当たりやすかったりしてね。根拠はないけど。
まぁ私の場合は大金が当たっても、どこかの児童施設にでも寄付するだろうから、いつでも無欲なんだけどね。
えっ?信じられない? いやホント、マジで寄付するってば・・・当たればね。(^^;)
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by rukachas | 2005-05-13 21:42 | Comments(0)