子供大好きRUKAの雑記帳
by RUKA
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タグ:子育て ( 48 ) タグの人気記事
児童虐待防止ポスター
かつて、私のサイト「The Light of Smile 笑顔の灯り」では、厚生労働省の「児童虐待防止推進月間」の啓発ポスターを紹介していました。

2009年度版 / 2010年度版
c0039181_17404633.jpgc0039181_17405054.jpg
2011年度版 / 2012年度版
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2013年度版
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Copyright(C) : 厚生労働省
厚生労働省:報道発表資料


最近、当ブログのコメント欄で、ある女性の方から画家の「こうぶんこうぞう」さんが制作した「子供虐待防止ポスター」をご紹介いただきました。
非公開コメントでしたので名前の記載は控えさせていただきますが、○○○○さん、ご紹介有難うございます。<(_ _)>

c0039181_17421134.jpg
画家、こうぶんこうぞうさんによる著作権フリーポスターです。
こうぶんこうぞう オフィシャルブログ


子供を保護していない保護者...
親しくしていない親...
好んでいるだけの子供好き...
子供がいるべき場所は、そこではない。
私たちが今、できること。
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by rukachas | 2014-07-03 18:43 | 子供の話 | Comments(2)
隠すべきか隠さざるべきか
c0039181_19545519.jpg昨今の防犯意識の高まりを受け、各都道府県では街で起こった事件や注意が必要な事案をメールマガジン等で配信している。
各地域のどこでどんな事件、または不審な出来事があったかを知らせてくれるサービスだ。

私は地元の埼玉県警が配信しているメール「犯罪情報官NEWS」を受信して読んでいるが、その中の子供に関する記事のいくつかは自分のTwitterでも引用し、フォロワーに紹介している。
地元の人には、発生場所が近所であった場合は注意してほしいし、それ以外の人にも内容を知ることで防犯意識を高めてほしいからだ。

埼玉県警からの情報だけでも、子供が被害に遭う事案は毎日数多く報告されている。
一県だけでこうなんだから、全国では数え切れないほどの不審者がそれこそ分単位で発生していることになる。それだけこの日本に子供の敵が増えたということか。

事案の内容をよく読んでみると「これはべつに問題ないだろう...」と思うようなものもたまに見受けられるが(児童に道を訊く60歳代の男が出没...などの内容)、9割以上の事案は実際の犯罪に繋がりそうなものであり、通学路における児童の安全確保を真剣に考えさせられる。
突然殴られた、卑猥なことを言われた、車に乗るように言われた(誘拐未遂?)、体を触られた、勝手に写真を撮られた等々、日々起きている事案は様々だ。

私はこの防犯メールで情報を得るまでは、最も発生件数の多い事案は「痴漢」だろうと思っていた。
昔から通学路には「チカンに注意!」と書かれた看板が掲げられていたのだから。

しかし実際の1位は痴漢ではなかった。痴漢事件も決して少なくはないが、最も多く発生しているのは「下半身の露出」であった。なんと不審者情報の3分の2以上を露出の事案が占めている。
つまり露出魔とか露出狂と言われている人間が、1年を通じてあちこちの通学路に出没しているということ。

「○月○日午後○時ごろ、○市○町○丁目にて、女児に対して下半身を露出する男(○~○歳、○色ジャンパー、○色ズボン)が出没しました。お子さんが被害に遭わないために・・・(以下略)」という記事が毎日数件は届く。
「あれ、このメールさっきも来なかったっけ?」と思ってよく見ると、先ほどとは発生場所が違っている。同じような事案が県内で同時多発的に起きているようだ。
メールで配信されなかった事案も含めると相当な数の露出狂が出没していると思われるが、逮捕したという情報は滅多に来ないので、意外と野放しなのかもしれない。(現行犯逮捕が難しいという意味で)

それにしても犯人はいったい何が目的でこんなことをしているのだろう?
子供が慌てて逃げる様子が面白いのだろうか?それともいわゆるサプライズ的な感覚なのだろうか?
たとえば子供にビックリ箱を開けさせたり、怖いものを見せてからかう人がいるが、それと同じく、子供を驚かせることに面白みを感じているのだろうか?
あるいは自分の下半身に妙な自信を持っていて「どうだスゴイだろう!」という自慢の意味で見せているのだろうか?

しかし見せ付けられた子供は悲惨だ。そんなことをされて気分が良いわけはない。
今どきの子供で大人の裸を見たことがない子は稀だと思うが(親とも入浴するので)、そんな子でも道で露出している人に出会えばそりゃあ驚き、逃げるだろう。

だがそれは見たモノに驚いたのではなく、外で露出するような頭のおかしな人の出現に驚いたのだということを犯人は肝に銘じるべきだ。
そうすれば自分が思い込む上下関係が逆転し、妙な優越感などいとも簡単に崩壊する。
そうでなくとも、いずれは自分の人生が崩壊することになるだろう。

街なかで子供に向かって下半身を露出して良いわけがない。
露出が許されるのは人形か彫像くらいなものだ。たとえばミケランジェロの名作「ダビデ像」や世界中で愛されている「小便小僧」は、むしろ隠さないその姿ゆえに人々を魅了しているとも言える。
何故なら人の体や性器そのものに罪はなく、それをどう使うかという意図こそが重要だからだ。

最近どこかの市で、公園に設置されたダビデ像の股間を隠せと言った市民がいたらしいが、その人にとってはあのダビデ像が道端の露出狂に見えるのだろう。
木を見て森を見ず、チンを見て美術史を見ずといったところか。ある意味、通学路の露出狂と同じ意識を持っている人なのかもしれない。

所かまわず露出する露出狂然り、ダビデ像に猥褻感を感じた市民然り・・・人間の身体もずいぶんと安く見られたものだ。
これからの子供たちは、人間としての自分の「姿」に価値を見出し、そのうえで自分の「行為」に責任を持つ大人へと育ってほしい。
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by rukachas | 2013-02-24 19:54 | ニュースの話 | Comments(0)
世界中が子供好きに...
仲良し親子読売新聞の地域版、香川県のニュース5月3日の記事によると、子供に無関心な親が前年度よりも2割以上増え、過去最多となったそうだ。
いわゆる「ネグレクト」と呼ばれる親の増加。

----- 以下引用 -----
2010年度に県が認知した児童虐待の件数は588件で、前年度を19件上回って過去最多となったことが県のまとめでわかった。特に「ネグレクト」(育児放棄)が前年度比で2割以上増え、前年度から減った「身体的虐待」を初めて超えた。児童虐待への関心の高まりによって表面化したケースも多いとみられ、県は「虐待が疑われる場合には、すぐに連絡してほしい」と呼びかけている。
----- ここまで引用 -----

子供に関心が無いのなら、あるいは子供を愛することができないのなら、なぜ子供を作るのか?
それは、結婚して一般的な家庭を持つことで自分が幸せになるという、そもそもの目的が自分本位だから。

愛より恋を重んじ、恋の延長として結婚に憧れ、そして結婚後そのまた延長で子供をもうける。(結婚前に子供を作る人もいるが)
もともと受け身である恋ばかりしてきた人だから、目の前の子供を愛することができない、だから虐める、または無関心になる、ということだろう。

子供の嫌がることをしない。(正しい躾など、その子の為になることは別)
子供の記憶に楽しい思い出を残す。
自分よりも子供を優先して生きる。
これらができないなら親になるべきではないし、なったとしても正しい子育てなどできるはずがない。

以前ネットで読んだ記事だが、8ヶ月の子を持つある女性の書き込みで『出産してからたくさんの友達ができたのに、話題のほとんどが子供のことでうんざり』という悩みが掲載されていた。
身内と話す時も他人と話すときも子供の話題が尽きない私からすれば「子供の話って面白いじゃん!なんでうんざりなの?」と不思議でならない。

自分の育児の枠から意識を広げないからうんざりしてしまうわけで、いったん広げてみれば、子育て・しつけ、児童教育、小児医療、生物としての子供、芸術作品としての子供、子供の姿、子供の心理、子供のイメージ、子供の世界、子供の文化、少年犯罪、子供と大人の線引き、子供タレント、子役、モデル、子供服、オモチャ、子供向け商品、子供の癖、仕草、声・・・

ハッキリ言って、子供ほど様々な観点から見ることができるテーマはない。話題が尽きるはずがない。無関心でいられるわけがない。
この女性も、もし子供のころから子供好きであったなら、出産後こんなことで悩むことはなかったかもしれない。
日々育つ我が子の成長とともに、自分の周りが子供一色になるのは幸せなことだ。

世の中に子供好きを名乗る人は多いが、そのほとんどは子供という計り知れないテーマのほんの一部だけを捉えて、自分の好みに当てはめているだけ。
ちょうどネコ好きやイヌ好きのように、自分の好み以外の動物を虐めはしないが、関心もないといった状態。
そんな人が結婚し子供を持ち、日々の子育てが自分の理想からズレていったらどうなるだろうか。まさにペット感覚で「こんなのいらない!」となったり、イライラしたり、無関心になってしまう。

結婚して子供を持つと、他人の子よりも自分の子をより強く愛すべしという使命のようなものを持たされるわけだが、それが良い方向へ作用する性質の人間だけが、親になるべきではないかと思う。

よく、ネグレクトになる人は夫婦関係に問題があることが多いとか、妻に対する旦那の愛情不足が子供への虐待や無関心に繋がることがあると言われているが、それはまるで子供が「A君がボクのこと虐めたからボクはB君を虐めた」と言っているようなもの。
そのような言い訳がまかり通るのも、日本がまだ完全な子供好き社会になっていない表れだろう。
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by rukachas | 2011-05-14 16:20 | 子供の話 | Comments(0)
子供のための「子供好き」
子供好きネットで子役や子供タレントの名前を検索すると、オフィシャルサイトとともにファンサイトやファンによる情報掲示板が見つかることがある。
しかしその内容は、子供への愛情を語っていると言うよりは、特定の子に対しての自分の好みを語っているものがほとんどで、真の意味での「子供好き」である人はあまり見受けられない。

私も子供に関するサイトを作っている以上他人事ではないのだが、世間には「子供好き」と「子供を嗜好として好んでいる人」の違いがきちんと浸透しているとはまだまだ言い難い。
それは、子供好きであるべき教師や保育士の中に児童に被害を与える者がいたり、本来愛らしいものとして扱うべき子供の姿をワイセツ物として扱う者がいたり、児童虐待や子供への無関心が当たり前のように起こるなど、もはや子供大好きと言っているのは児童性愛者だけであるかのような誤解があるからかもしれない。

真面目に子育てをしている人や、真面目に教師や保育士を目指している人がおかしな誤解を受けぬよう、「子供好き」と「子供を嗜好として好んでいる人」の違いはハッキリさせておくべきだろう。
もしかしたら「自分はどっちなんだろう?」と、自分自身でさえわからない人がいるかもしれない。

そこで、両者の違いを箇条書きで書き並べてみることにした。

私は「子供を思いやり、子供を大切にし、子供にために尽くす人」を、便宜上「子供好き」と呼んでいる。それは親であれ独身であれ、自分の子に対してであれ他人の子に対してであれ同じこと。「子供好き」とはこういう意味だと理解していただきたい。

かたや「子供を嗜好として好んでいる人」とは、仮にだが「児童嗜好」という言葉に置き換えることができる。子供を自分本意な理由(たとえば性的な嗜好)によって好きになっている人のこと。一般的には少年愛や少女愛も、性対象としての意識が強い場合はこれに含まれる。


○ 子供を愛する大人は「子供好き」
● 子供に恋する大人は「児童嗜好」

○ 自分よりも子供のためを思って行動するのが「子供好き」
● 自分のために子供と接するのが「児童嗜好」

○ 子供の姿を見て可愛らしく微笑ましく感じるのは「子供好き」
● ワイセツなイメージと結びつけて考えるのは「児童嗜好」

○ 子供の年齢や性別、境遇などによって愛情に差が生じないのが「子供好き」
● 年齢や性別などによって愛情に差があるのが「児童嗜好」

○ その子のためになることであれば、厳しく叱ることもできるのが「子供好き」
● 好みの子から嫌われることを恐れ、ご機嫌取りばかりになるのが「児童嗜好」

○ 子供に関する事柄全般に興味を示すのが「子供好き」
● 好みに基づいた事柄にしか興味を示さないのが「児童嗜好」

○ 基本的にどのような子であっても嫌うことがないのが「子供好き」
● 好みの子以外を嫌うこともあるのが「児童嗜好」

○ 子供との交流はすなわち親との交流であるのが「子供好き」
● 子供のとの交流において親を意識しないのが「児童嗜好」


以上、ざっと思いつくままに簡単に書いてみたが、これは両者の違いを述べただけであって少年愛少女愛を否定しているわけではない。
好きという感情はひとつに限定できるものではないし、人に迷惑をかけないのならどのような嗜好も問題はない。虐待する親よりはずっと良い。

ただ「子供に献身的な愛情を注ぐ大人」と「子供を恋人的な感覚で好きになる大人」との違いを子供を取り巻く現場がキチンと把握できていないと、子供がトラブルに巻き込まれることさえあるだろう。

イルカを食べたがる「イルカ好き」にイルカの世話を任せる水族館はないと思う。子供を好きな人間にも、子供と接する職業にも、それぞれ適材適所というのがある。
今の世の中、「子供好き」の中身が軽んじられているように思えてならない。
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by rukachas | 2010-08-20 21:40 | 子供の話 | Comments(0)
猥褻とは姿にあらず、人の心に宿るものなり
裸の子今日27日(2010年7月27日)、日本政府はインターネット上の児童ポルノサイトを遮断する「児童ポルノ排除総合対策」を決定した。
これにより、接続事業者によるブロッキングの自主的導入に向け準備が本格化することとなった。

これはとても良いことだが、日本政府が「ポルノ」の定義をきちんと把握しているかどうかについては未だ不安が残る。
「主要8か国の中で児童ポルノの所持を禁止していないのは日本とロシアだけ」という指摘がなされていたが、単なる子供の裸をポルノに含めているのも日本だけだ。

ポルノとは、性行為や性交類似行為を描写したもの、もしくは表現したもの。
見た者がどう感じるかはともかく、性行為や性的な行為をしていないものはポルノではない。
つまり、宮沢りえの写真集「サンタフェ」がやり玉にあげられる時点で、日本における児童ポルノの定義は諸外国と比べても大きくズレているとしか言いようがない。

諸外国がおこなっている児童ポルノ規制は「児童を扱ったポルノ」の規制であり、子供の裸にワイセツのレッテルを貼ることではない。
なのに日本政府はどこでどう勘違いしたのか、子供の裸と性行為を同列に扱ってしまった。

もしこのブロッキングの導入により、子供の裸そのものがポルノとして規制されたらいったいどうなるのだろう?
ごく普通の母親のブログが児童ポルノサイトとしてリストアップされてしまうこともあり得る。
たとえば、こんなことも・・・

母親 「わたしのブログが見れなくなってるんですけど、どういうことですか?」

規制側「ああ、あなたのブログが児童ポルノサイトだからですよ」

母親 「わたしのブログが児童ポルノ?何かの間違いでは?」

規制側「あなた、ブログに子供の裸の写真を載せてたでしょう?」

母親 「ええ、幼稚園児の息子が庭で行水したときの写真ですけど」

規制側「うわ〜、それはイヤラシイ!」

母親 「どうしてイヤラシイんですか!田舎の両親も喜んでくれた写真ですよ!ブログを見た人からも可愛いと評判良かったんですから!」

規制側「でもね、裸でしょ?子供の裸で興奮する人がいるんだから、その写真はポルノ写真なの!」

母親 「それって失礼じゃないですか!うちの子のいつもの様子を撮っただけなのに、ポルノだなんて!」

規制側「まぁとにかくね、その写真は児童ポルノ写真だし、あなたが撮影したことは児童ポルノの製造、ブログに載せたことは児童ポルノの配布、あなたの息子さんは児童ポルノのモデル!そういうことです」

・・・とまぁ、こんなことが起こらないとも限らない。

児童ポルノ撲滅は誰もが目指すところだが、自分の子供の可愛らしい姿がポルノ扱いされることを望む親などほとんどいないだろう。
子育てサイトから子供の水浴びやお風呂の写真が消え、学校サイトの修学旅行の記録から温泉に入っている写真が消え、タイやベトナム旅行で見かけた川で裸のまま遊んでいる子供たちの写真も消え・・・
そんな規制、いったい誰のためになるというのか。

もちろんここでいう裸の写真とは、親による家族写真や、本人や親族の同意の上による記録写真、芸術写真、その国の日常や文化を記録したものなど、『猥褻な意図によらないもの』を指している。
猥褻目的で撮影した場合や相手が嫌がっている場合、あるいは隠し撮り(盗み撮り・盗撮)などはその行為自体が犯罪なので、おこなったものを罰すれば良い。
犯罪によって作られた写真は論外だ。

和製英語だがスキンシップという言葉がある。たとえ親でも、肌に触れようとしない子育ては本当の愛情ではない。それほど子供の肌は愛情と密接に関係している。
子供のいない者は実際に肌に触れる機会はほとんどないのだから、せめてメディアを通して肌を見る機会くらいは残しておいてほしいものだ。
親であれ他人であれ、子供の素の姿を見ることは子供への愛情を高めることにも一役買っているのだから。

子供を守る法律は、子供の姿を微笑ましく見ることができる人間が、子供のためを考えて作るべき。
今後、児童ポルノ対策によって子供の裸そのものも排除されるのであれば、それは対策メンバーの中に、子供の裸を見るとポルノを見たときと同じ気分になる人間が含まれていたということだろう。
灯台下暗しとはよく言ったものだ。

イメージ画像
Copyright(C) : Laurie Rubin
http://www.masterfile.com/
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by rukachas | 2010-07-27 20:40 | 子供の話 | Comments(0)
「子供好き」が無い
RUKAの笑顔の灯りブログその昔、当サイトをYahoo! JAPANに登録しようとしたとき、カテゴリーは何になるのかで非常に迷いました。
Yahoo!の登録カテゴリーには、子育てと教育と児童福祉と芸術鑑賞を合わせたようなカテゴリが無かったからです。

私はそれを「子供好き」と呼んでいますので、子供好きというカテゴリーさえあれば済むのにと悔やんだものです。
そのときの様子は、当時の「独り言」のページに書き記しています。
2001年7月3日「子供好きというカテゴリー」

最近、日記ブログとしてアメーバブログを使っているのですが、ジャンルを登録するとき、自分のブログがどこに属すのかで同じように迷いました
子供に関するジャンルは「新米ママ」「子育てパパ」「妊娠・出産」など、どれも自分の子供に関するものばかり。

私のブログはほとんどが子供たちに関する記事なので「子供論」や「子供好き」というジャンルがあれば良いのですが、まったく無し。
仕方なく「小学生」というジャンルに登録しました。小学生くらいの子について語ることが多いからです。
最初は気が引けましたが、小学生サッカーチームのコーチや、小学校に携わっている人にもこのジャンルで登録している人がいるので、書き手が子供である必要はないのだろうと判断しました。

しかしそんな小学生ブログの中には、大人が小学生を演じているブログもあるようです。あるいは演じてはいなくても、すっかりお母さんの日記になっている子供ブログもあります。
前者は、言葉は悪いですが成り済ましブログ、後者は代理ブログということになりますね。

「小学生」というカテゴリもしくはジャンルは、小学生が書き手であることが重要なのでしょうか?それとも小学生に関する内容であることが重要なのでしょうか?
小学生が政治についてニュース記事を紹介しているブログと、大人が小学生について語っているブログでは、どちらが「小学生」というジャンルに相応しいのでしょうか?
アメブロの場合、そのへんがハッキリしません。

ただひとつ言えるのは、ブログは書き手が何者であるかを伝える手段ではなく、内容を伝える手段であるということ。
だから小学生のRUKAちゃんが書いているのだと思ってランキングページから来てしまった方は、私がオッサンだと知ってすぐ帰るのではなく、ぜひともいくつかの記事を読んで、一緒に子供について考えてもらいたいなと・・・まぁ、そう思うわけです。
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by rukachas | 2010-06-04 19:57 | Net&Webの話 | Comments(0)
Twitterでつぶやいていたこと(児童虐待)
Twitter今はもう消してしまった私のツイッター。
そのログに残っていた「児童虐待」に関するつぶやき。

その1:
しつけと称して虐待する人の中には、それが本当にしつけだと思い込んでいる人もいるからやっかいだ。
死ぬのもしつけの結果だと思っているのだろうか?

その2:
子供に虐待する人は、子供の価値に気付いていないんだと思う。
子供が嫌いだと言う人は、子供の良さに気付いていないんだと思う。

その3:
PTAとは親と教師による活動だが、虐待する親と盗撮する教師では良い結果は得られないだろう。
これからは親と教師の枠にこだわらない、本当に子供を愛している(子供のためを考えている)人たちの活動が必要なんじゃないだろうか。

その4:
「父母による児童虐待防止のため、親権を一定期間停止できる制度の導入を...」という報道を読んだが、これでは停止期間の見極めが非常に難しいうえに、隠れた虐待を助長してしまう。
しつけと称してリンチまがいの虐待をするようなご都合主義の親は、家裁に対して反省を演じることなど容易いからだ。

その5:
虐待の原因を問うことも大切だが、そもそも、虐待する性質の人間になった原因を問うことのほうが重要だ。

その6:
東京江戸川で起きた虐待死事件、悲しすぎるね。自分の子供を自分の所有物だと思っている親は多いのかもしれない。
親は子供の「持ち主」ではなく「保護者」なのに。

その7:
我が子を虐待して殺害した親を重い刑罰に処さないのは、量刑を決める側に「親だから」という意識があるからだと思う。
そんなことでは「社会全体で子供を守る」なんてできるはずがない。

その8:
児童虐待のニュースの多さには気が滅入るほど。
子は平等に幸せになる権利があり、親は子を平等に愛する義務がある。

その9:
この10年間はオムツのCMから赤ちゃんのお尻が消えたり、ドキュメンタリー番組でも子供の裸にモザイクをかけたりと、姿自体がワイセツとして扱われていたが、内容で判断されるようになれば、子供が愛すべき存在として認知されやすくなり、結果的に児童虐待の減少にも繋がる。

その10:
子供の姿は癒しの対象です。だから今日みたいな虐待事件があると、その親の精神はどうしちゃったんだろうと思うわけです。
子供を産む前から鬼畜だったのなら、子供は作らないでほしい。子供ができてから鬼畜になったのなら、それを子供のせいにしないでほしい。
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by rukachas | 2010-06-01 22:16 | 子供の話 | Comments(0)
Twitterでつぶやいていたこと(子育て)
Twitter今はもう消してしまった私のツイッター。
そのログに残っていた「子育て」に関するつぶやき。

その1:
子育てしただけでは子供をすべて理解したことにはならない。
「子育ての知識」と「子供(について)の知識」は別であり、人間は子育ての前にやるべきことがある。

その2:
人の意識は記憶の集合体だから、いかに良い思い出を作ってあげるかで子供の性格も変わってくる。
衣食住や教育も大事だが、子育ては思い出作りを軽んじてはいけない。

その3:
子育ては、子供に与えることより子供から得ることのほうがずっと多い。

その4:
親が子を育てることは、陶芸家が焼き物を作ることと似ている。
良い”子育て”は、良い”窯作り”から始まる。
火は強すぎても弱すぎてもいけない。時間をかけてじっくりと焼き上げる。
ただし困るのは、一部に、出来が気に入らないからと叩き割ろうとする者がいることだ。

その5:
「子供のために生きることは大人の務めである」と言うと、子供のいない人から「産まない権利もある!」という声が上がりそうだが、子供のために生きることと自分に子供がいるかどうかは関係ない。
子供たちに尽くすことはすべての大人たちの役目。
子育てだけが子育てではない。
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by rukachas | 2010-05-19 00:19 | 子供の話 | Comments(0)
裏も表もない、球体な心
球体私の母親。 私の二人の妹。 私の母方の叔父。 父方の叔父。 同じく父方の叔母と、その孫のRちゃんとAちゃん。 私の甥、1号くん3号くん4号くん。 私のいとこのHくん、Cさん、Yさん。

いったい何のことかと思うだろうが、じつはこの方たち、私が当サイト「The Light of Smile 笑顔の灯り」のURLを教えた身内や親戚たちだ。つまり「私のサイトだよ~ぜひ見てね」と宣伝した相手。(ついでに、親戚ではないけれど近所の幼稚園の園長先生にもお知らせ済み)

メールや葉書で知らせただけなので、実際に見たか確かめる術はない。
アクセス解析でわかるのは日に何アクセスあったかということと、その人がどこのプロバイダを使っているかぐらいだ。IPを見てもどこの誰なのかはまったくわからないので、その中に私の親戚がいたとしても私がそれに気付くことはない。教えたのだからたまに見てくれているだろう、というかすかな望みがあるだけだ。

しかし自分のサイトを自分の家族や親戚に知らせるのはそれなりに意義がある。サイトの管理人としての自分と、実社会における自分との色合いがかけ離れないようにするための手段として。

私はRUKAというネットでの自分と、実社会での自分に大きな差はないと自信を持っているので、家族にも親戚にも堂々とこのサイトを紹介している。
この10年間にサイト内で語ってきたことは、すべて実社会でも母親や妹や甥姪たちに語ってきたことだし、コラムとして書いたことを後日母親に伝えたり、逆に甥姪たちとの交流から学んだことをコラムに書いたりもしてきた。

子供への愛情うんぬん、子供の大切さうんぬんと訴え続けているからといって、私は真面目一辺倒なカタブツ人間なのかというとそうではない。
サイトを隅から隅まで見てもらうとわかるが、私は子供という存在をもっと柔軟な感覚で捉えている。しかもその子の性格や年齢に応じて適切に対応し、その子の良い面を引き出すようにしている。

子育てで最も大切なのは厳しさでも厳格なルールでもない。とにかく子供の身になって考える愛情だ。愛情があれば子供は命令せずとも従うし、理想の子になりもする。
私は6人の甥と姪に、それぞれの子にあった対応をしているが、当然どの子に対しても愛情は同じ。みんなが一様に幸せになってほしいと願うからこそ、接したときにはありったけの愛情と優しさを与えている。(甘やかしているのではない。悪い子モードのときには厳しく叱り付けている)

裏も表もない、正直な気持ちで接しているからこそ、子供たちも私に正直な気持ちをぶつけてくれるし、愛情も返してくれる。
だが心に裏と表のある人間は、子供に対し素直になれない。他人の前で理想の自分を演じたり、世間体を気にするような人間は、我が子さえもロボットのように管理することで、自分の社会性を守ろうとしている。

しかしそれでは自分は守れても、子供は守れない。
誰に対してもオープンなサイトと同じように、誰に対してもオープンな心で接してみよう。素直な、裏も表もない、まるで球体のような丸い心で・・・。

丸い心、それは金を儲けることや社会的ステータスを上げることには繋がらない。むしろ逆効果かもしれない。
だが人として大切なものを得ることができる。それが何かは・・・いつか子供たちが教えてくれる。
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by rukachas | 2009-07-12 18:47 | 子供の話 | Comments(0)
しつけと虐待 優しさと甘やかし
母子1ヶ月も前の記事だが、アメーバニュースの3月15日の記事。ある主婦が「Yahoo!知恵袋」に書き込んだ記事に賛否両論がわき起こった、というニュース。
「子供がうるさいのは当り前、注意される筋合いない?」

ことの発端は、バスの中で自分の子供が泣きだしたときに乗客の中年男性から「うるさい!黙らせろ!」と注意された主婦が、Yahoo!知恵袋に「子供がうるさいのは当たり前、注意するのはおかしい!」と書き込んだことから始まる。
「うるさいのが当たり前だと言って放っておくのは親として無責任」という意見が大多数なのに対し、この主婦は「子育てをしたことがない人は回答しないで欲しい。・・・私は注意するのは絶対におかしいと考えているだけです。・・・子供にうるさいと言う人が許せないのです」と答えている。

私はこのニュースとYahoo!知恵袋の実際の投稿記事を読んで、ハッキリとこう思った。「注意した中年男性も愚かなら、この主婦もかなりの愚か者だなと」
まず注意した男性だが、バスの中とはいえ、その子供はふざけて走り回ったりイタズラをしているわけではない。泣く理由があって泣いているのだ。「どうしたの?」「我慢しようね」と話しかけるとか、親に「泣き止ませた方が良いですよ」とやんわりと話せば良いのに「うるさい!黙らせろ!」だなんて、言われたほうがカチンと来るのは当然。
子供が泣いている理由を考慮しないこの男性の行動はてんでなっていない。

だがこの主婦もまるでなっていない。子供が泣いている場所を考えるべき。泣き声で迷惑をしている人がいるのだから、親として子供に言ってきかせるなり、たとえ泣き止まないとしても泣き止ませる努力をするべきだ。
それを「子供がうるさいのは当たり前、注意するのはおかしい!」と堂々と言い切るとは、しつけを放棄しているバカ親と言われても仕方がない。

子育ては、怒鳴って威圧するのではなく「諭す」のだ。甘やかすのではなく「優しくする」のだ。この男性は諭さずただ怒り、この主婦は優しいのではなくただ甘やかしているだけ。
どちらも子供のためを考えていない大人、ということになるが、直接子育てをしているだけにこの主婦の行動のほうが問題としては大きい。

親の中には、しつけと虐待の区別、そして優しさと甘やかしの区別がついていない者がいる。
事件報道で話題にのぼる「しつけと称した体罰」は、じつは「気分任せの虐待(イジメ)」であり、また、子供をまるでペットのように愛玩する親も、愛情を与えているようでじつは「気分任せの甘やかし」であることが多い。

子供を虐める親も子供を甘やかす親も、どちらも親としては失格だが、そういう親ほど得てして前述した主婦のように「子育てをしたことがない人は回答しないで欲しい」という意識を持っているものだ。
しかしこのような意識が、子育てにおける井の中のカワズ状態を作り上げている。子育ての外側から見える客観的な意見を無視して、正しい子育てはできはしない。

子育ての苦労はたしかにあるが、子供から得るものも大きい。良い子を育て上げるためにも、子供に詳しい人の意見を聞き、子供の意見も聞き、将来の我が子の身になって子育てをしよう。それが自分の幸せのためでもあるのだから。
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by rukachas | 2009-04-17 22:17 | ニュースの話 | Comments(0)