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誰が守るか、ネットの秩序
ネットの輪ニッポン放送の買収劇でニュース番組を賑わしているほりえもんことlivedoorの堀江社長。彼のメディアに対する先見性とバイタリティは尊敬に値するが、ネットの優位性を説くその考え方には多少同意しかねる部分もある。

ネットは情報取得に関してはテレビ以上に便利であるが、反面大きなリスクと責任が伴う世界でもある。堀江氏は「ネットで流した映像について、世論調査で50%以上が悪いと思うならば謝ればいい」(毎日新聞より)とも発言したそうだが、謝って済む問題ばかりではない。ネットで流れた情報が殺人や自殺のヒントになったケースや、某P2Pソフトによって重要な個人情報が流出してしまったケースもある。堀江氏が言っているのは正規のネットコンテンツに関してなのだろうが、メディアやジャーナリズムをネットが淘汰するといった話なのだから、これらもまとめて考えなければならないことだ。

ネットがブロードバンド化してそこそこの動画が見られるようになって久しいが、テレビとパソコンの融合については’90年代半ばにはすでに論じられていたこと。AppleのCEO(最高経営責任者)スティーブ・ジョブズ氏はかつてこのようなことを言っていた。「人はコンピュータの前では頭のスイッチをONにして、テレビの前ではOFFにする、だからこの2つが融合することはない」と。
パソコンは何かをするための道具であり、テレビは見る聴くといった環境を提供するもの。共に情報端末だが用途が違う。しかし、互いに意識し合い、切磋琢磨していく関係にあることは確かだ。テレビも地上波デジタル化の双方向通信によって、初めはネットじみたことをしてくるだろうし、ネットも今後ストリーミング放送がより盛んになっていくだろう。だが両者には決定的な違いがある。それはコンテンツの提供が誰によるものなのか?ということ。

テレビはネットと違い、ユーザー主導で事が起こることはない。あくまでもテレビ局のお膳立てに則り、必ず放送法というフィルタを通すことになる。かたやネットは個人が個人の責任において情報を発信できる。しかもメールやメッセンジャーなど特定の相手に対する送信の場合は、基本的に検閲されることはない。

ではネットはテレビに対して優位性を説けるほどのものなのかというと、私はそうは思わない。理由のひとつとして、利用者が主であるが故の秩序のもろさがあげられる。
私はネットを始めたのが1997年なので、それ以前のネット社会やパソコン通信のことは知らないが、それでも当時はネットの秩序を守ろうとする利用者自身の意識は、今よりも高かったように思う。たしかに日本の法律がネットに対応できていない時代ではあったが、ネットが荒れ果てた無法地帯だったわけではない。コミュニティの輪はユーザーによって管理され、輪を荒らすものがあればユーザーの手によって駆逐される。私は当時、それがネット社会だという印象を持った。言わば、利用者の利用者による利用者のためのルールがあった時代だ。
しかしネットが一般に広く普及し利用者も増えるにつれ、ネットコミュニティは次第に混沌としてきた。ネチケットなど遥か彼方。小さな「おらが村のルール」的なものは意味を成さず、結局は法の介入が必要不可欠なものとなってしまった。

このような法介入が必要とされるネット社会に誰がしたかといえば、政治家ではない、我々一般人だ。「小学生を殺す」と掲示板に書き込んだ者が逮捕されるケースが最近多いが、これも実際に子供たちを狙った事件が横行しているからだ。ネットに溢れる児童ポルノ的なイラストやマンガは、絵であるということで規制を免れてはいるが、これもそのてのものに影響されて実際の事に及ぶ者が多ければ、規制されて然るべきだろう。
ちょうど、暴走族が違法通行を続けたためにその道が閉鎖されたようなもの。住み良かった社会が一部のユーザーの行為によって不便と化すのは、ネットでも実社会でも同じ事だ。

道は人が通れば荒れていく。整備も掃除もすることなく、ただ通り続ける人のみであれば、いつしか歩く事もままならないほど荒れ果ててしまう。
今後ネットがテレビを淘汰するほどの素晴らしいメディアになれるかどうか、それは企業間の問題でもトップの考え方うんぬんでもなく、ひとえに利用者の意識、行動次第といえるだろう。
by rukachas | 2005-04-07 22:33 | Net&Webの話 | Comments(0)
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