子供大好きRUKAの雑記帳
by RUKA
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性善説と性悪説
天使?人は生まれながらにして善であるという「性善説」と、生まれながらにして悪であるという「性悪説」がある。たしか性善説は中国の孟子、性悪説は荀子によって唱えられた説だが、この相反する思想、はたしてどちらが正しいのだろう?

何が善で何が悪か、という解釈によって意見が分かれてしまうだろうから、ここでは他人を思いやる気持ちを善の心、他人を蔑んだり陥れたり、困らせようとする気持ちを悪の心とする。さて、産まれたての赤ん坊にあるのは善の心か、悪の心か?

私は若い頃は「人間は善悪どちらでもない完全無垢な状態で産まれてくる」と思っていたが、今ではどちらかというと性善説寄りではないかと思っている。
たとえば、ある赤ん坊が産まれた時から自分以外の人間との接触を一切断たれ、人の愛情を得ず、何の教育も受けず、ただロボット的に衣食住を提供されるだけの環境で育ったとする(昔、オオカミに育てられた少年の話があったね)。当然言葉も話せないし、野生の哺乳動物なみの行動しかできない子になるだろう。
そんな子がある日暴れまわったとしても、他人の姿を見て襲いかかってきたとしても、はたしてそれは悪心によるものだろうか?

たとえ自分を守る本能的な行為だったり、精神面から起きた行動だったとしても、そこに相手を蔑む感情(利害関係を理解するだけの知識)がなければ、いわゆる悪心とは言えないのではないだろうか。ちょうど、ライオンがシマウマを襲っても、それが悪事ではないのと同じように。

また、もし人間が映画「オーメン」のダミアン少年のように本能的に悪心を持つ生き物だとしたら、それは自らの生命自体を危うくすることにもなる。これは生物学的にもおかしい。よって、赤ん坊に悪の心は無いと、私は思ったわけだ。

では反対に、赤ん坊に善の心、つまり他人を思いやる気持ちはあるのかというと、これはあると思う。
10年以上前にあるテレビ番組で、何かの実験だったのかただのバラエティーショーだったのか忘れてしまったが、まだやっとお座りができるようになった程度の赤ん坊を10人ほどスタジオに集めたシーンが映っていた。大泣きしている子もいれば、キョトンとおとなしくしている子もいる。
そんな中、お座りして哺乳瓶をくわえていた赤ん坊が、となりで大泣きしている赤ん坊にその哺乳瓶を差し出したのだ。しかも明らかに「これあげるから泣かないでね」とでも言っているかのようなしぐさで。
私はそれを見て、こんな赤ん坊でも泣いている子を慰めようという気があるんだなと、番組の進行とは全く関係ないところで感心していたものだった。

こんなところが「産まれた時には悪の心は無いが、善の心は少しはあるかもしれない」と私が思う理由。
孟子が唱えた性善説とは意味が若干違うかもしれないが、少なくとも人間は育つにつれ、得てして善心よりも悪心のほうが身に付きやすい。善は学ぶものではなく、悪に染まらないことで保てるもの。そう考えると、環境って大事だね。

そういえば、今日は私の6番目の姪っ子の満一才の誕生日。きっと今頃は家族で誕生会でもやっていることだろう。
この子のお兄ちゃんも、早いものでもう6歳。今年も夏休みにはお泊まりにくるだろうが、とても頭の良い子なので、来るたびにその成長ぶりに驚かされている。
性善説もそうだが、子供が生まれながらにして持っている能力や特徴は、一生ものの財産ではないだろうか。
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by rukachas | 2005-06-25 21:25 | 子供の話 | Comments(0)
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