子供大好きRUKAの雑記帳
by RUKA
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楽しい会話は葉っぱがいっぱい
語り部べつに自慢するわけではないが、私は子供の心を捉えた話し方をするのが上手いようだ。私が子供たちと話をすると、大抵の子は私の話を食い入るように聞いてくれる。

それは甥や姪だけではなく、去年親戚の結婚式に行ったときに出会った、いとこの子供たちもそうだった。さらに思い起こせば、若い頃、撮影を通じて知り合った多くの子供たちもそうだった。みんな私の話を、楽しそうに目を輝かせながら聞き入っていた。
年少の甥っ子ふたりに至っては、うちにお泊まりしたときは、私の話を聞きながら寝るのを楽しみにしているし、中学生の甥と高校生の姪も、私と話がしたいがためにわざわざやってくることもあるくらいだ。

私は子供に話をするとき、無意識のうちに話すテンポが8割ほどに遅くなり、一音一音正確に伝えようとしていたりする。身振り手振りも大きくなっていき、まるで語り部(かたりべ)だ。
だが食い入るように聞いてくれる子が多いのは、きっとそれだけが理由ではないはず。そう思って客観的に考えてみると、2つほど理由が浮かんだ。

ひとつは私の声質。じつは私は非常に通りにくい声をしている。といっても、こもっているとか野太いとかダミ声というわけではない。多分これといって特徴の無い声だろう。
しかし距離に対する減衰率が大きい声だということは、学生の頃からわかっていた。授業中、教師に何度「聞こえねぇぞ~!」と言われたかわからない。卒業式の予行演習で、名前を呼ばれた時のハイと言う返事が小さいと、何度も反復させられたこともあった。
目の前の友人が言うには、声の大きさは決して小さくないらしい。ただ、どんなに大声を出しても、数メートルも離れるととたんに減衰してしまう。つまり言ってみれば、空気に溶け込みやすい声だということ。

まずこの声質が、子供たちを聞く気にさせるのかもしれない。幼稚園の先生などがよく使う手だが、騒いで注目しない子の注意を引きつけるため、わざと声を聞こえにくくしてしゃべるのと同じ効果があるのかもしれない。

2つ目の理由は、私の話す、妙に説明的で回りくどい文章にある。本題をストレートに伝えず、他のモノに例えたり、主題をわざと逸らしたりまた戻したり。
たとえばショートケーキを食べたことを伝えるとする。簡単に言えば「イチゴのショートケーキを食べた。とても美味しかった」と、これだけで済む。
しかしこれでは食べたことしか伝わらない。そこでイメージをたくさん付けるわけだ。「目が痛くなるほど真っ赤な色をしたイチゴ」「クリームで飾り付けられたスポンジが女王様のベッドのよう」「カチャカチャと音を立てるお皿」「スプーンには何が映る」
さらに「あまりの美味しさに思わず・・・」とくれば、次の句が気になりもする。

子供は言葉を聞くと、すぐにそのイメージが頭に浮かぶ。よってこのようにイメージがちりばめられた話ほど、気を引きつけられやすい。もっともただの無駄話なら「結局何が言いたいの?」と飽きられてしまうが。

会話に限らずブログにしてもメールにしても、言いたいことはできるだけ簡潔な文章で伝えるのが良いとされている。もし物書きのプロが私の文章の校正をしたら、きっと半分以下に縮められ「無駄な言い回しが多い」とかなんとか言われるだろうね。
だが肝心なことを忘れてはいけない。簡潔な文章で伝えたほうが良いのは相手が大人の場合。そのような文章は、木に例えるなら枝の無いまっすぐな大木だ。幹(話の本筋)がしっかりと通っていれば良い。

ところが幼い子供を楽しませる会話となるとちょっと勝手が違ってくる。幹は多少細くても良い、まっすぐじゃなくても良い。その代わりたくさんの小枝(分岐)があり、たくさんの葉っぱ(イメージ)が付いているような会話が、子供たちの心を引きつけるのだ。

ついでにもうひとつ。私は子供たちと話をするとき、最初に質問から入ることも多い。「宿題は何だった?」とか「最近なんか映画見た?」とか何でもいいのだが、それに対して返ってきた返事を、次の会話のテーマにすることがよくある。
これはその子の嗜好から会話が的外れにならないための手立てでもあるのだが、相手の返事に含まれる言葉を頼りに会話を移り変えていくというのは、会話をだらけさせないひとつの手法でもある。

つまり、楽しい会話の基本は「言葉の連鎖」だ。連鎖があるから自分がしゃべるだけじゃなく相手の話もきちんと聞くし、意外な本音が飛び出すこともある。妙に説明的だったり回りくどかったとしても、そこには不思議の国のアリス的な楽しさがある。

子供たちが私の話に聞き入る理由として、最初に言った声質うんぬんは思い込みかもしれないが、「イメージの葉っぱ」をたくさん付けた文章と「言葉の連鎖」をふんだんに使った会話というのは、あながち見当違いでもないだろう。これらを全部ひっくるめて、子供を引きつける話術というのかもしれない。
私が文章を書くとき、1、2行で済む内容で10行も20行も書いてしまうのは、このような子供たちに対する会話がすっかり癖になってしまったからだ。

去年、私のいとこの子である小学2年生の女の子は、初対面の私に色々と悩みを打ち明けてくれた。内容については明かせないが、最初に出会ったとき、寂しそうな表情がとても印象的だった。
私はこの子と公園のブランコに座りながら話をし、月の満ち欠けの例え話でこの子を笑顔にすることができた。この月の話も、たくさん葉っぱを付けた何気ない会話から、連鎖で生まれたものだった。
教訓めいた話も、ただ聞かされるだけでは納得しづらい。いや、それ以前に共感しづらい。だが会話の中で自然に流れるように生まれた例え話なら、小さな子の不安感をも和らげてあげることができる。

思春期の子を持つ親の中には、子供とほとんど話をしない人も多いと聞く。子供も、すぐに言い合いになるからと、親との会話を避けるようになる。
だがそれは、互いに話がストレート過ぎるからだ。太い幹だけの大木をぶつけ、用件だけ伝えれば良いというものではない。七夕の笹の葉のように、たくさんの葉っぱが付いたそよそよとした話をたくさんしてみるべきだ。
伝えなければいけないことは、たんざくにでも書いて吊るしておけば、自分で手に取るだろうから。
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by rukachas | 2005-11-12 21:54 | 子供の話 | Comments(0)
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