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憶えるべきもの忘れるべきもの
森人は普段、自分の身のまわりを、どのくらい記憶しているのだろう?
自分の家のトイレの天井が、どんな模様だったか思い出せるか?
あの部屋のあの位置にある柱は、どんな節目模様だったか思い出せるか?
普段見ているテレビのデザインを正確に思い出せるか?
脳の深層には記憶されているのかもしれないが、いざ思い出そうとすると細部までは浮かんでこない。

では、人は自分自身についてはどれくらい知っているのだろう?
たとえば、自分の手のひらを見ないで手相を紙に書けるか?
たくさんの足の裏の写真があったとして、その中から自分の足の裏がどれか分かるか?
自分の皮膚の拡大写真があったとして、それが体のどの部分か分かるか?
人は他人をよく知らないのと同じくらい、自分についてもよく知らないものだ。(誰かの名言だったかな?)

人の脳は、こんなどうでもいい情報と、自分にとって重要な情報とを自然と選別している。
意識しない情報は極力記憶しないことでオーバーヒートを防ぎ、選別された記憶の種類がその人を形作る。自分が関わった記憶は思い出と呼ばれ、記憶していることでそれと自分との関係が保たれている。そして記憶と忘却をうまく使い分けることによって、精神の安定をはかっている。

記憶というのはいわば、深い森の中の道しるべみたいなもの。
ヘンゼルとグレーテルがパンをちぎって目印にしたように、人は人生の所々に思い出を置きながら歩く。そして最後にはその記憶を辿って、もとの居場所へと帰る。
走馬燈のように・・・と例えられる瞬間だ。

記憶喪失という症状があるが、記憶を失って最も辛いのは空虚感だ。思い出とともに自分の存在理由が無くなってしまうから。
以前「独り言」のコーナーで、記憶の集合体として意識がありそこに自我が生まれる、という話をしたが、記憶喪失は記憶する能力が奪われるのではなく、それまでの記憶が奪われるからこそ辛いのだ。
森の中に置いてきた目印が無くなってしまうのだから。

子供の頃の記憶で今の自分が形作られているのなら、10年後の自分、20年後の自分のために、良い道しるべを置いてやろうじゃないか、なんて思ったりもするのでした。
by rukachas | 2005-01-23 18:08 | Comments(0)
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