子供大好きRUKAの雑記帳
by RUKA
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善心あるのみ
善心もし、まるで体脂肪率を量る機械のように、自分の善心率、悪心率がわかる機械があったとしたら、あなたははたしてどのような結果が出るだろう?9:1でほぼ善人だろうか。4:6でやや悪人だろうか。

ほとんどの人はこのような機械を使うまでもなく、自分が善であるか悪であるかを知っているし、自らの言動(言葉と行動)が善行であるか悪行であるかも承知の上で、日々の生活を送っている。
「類は友を呼ぶ」とか「その者を知りたければその友を見よ」などと言われているが、似たもの同士でコミュニティが形成されやすいのも、人間の性格や人となりが、普段の言動に表れていることの表れだろう。

相手が善人であるか悪人であるかは、付き合ってみればわかる。しかしネットによるコミュニケーションでは、相手の言葉のみ、しかも書かれた文章から判断するしかない。
先日とあるネットのコミュニティにて、ある人が道徳的な注意を受けたことを逆恨みし、注意した人を偽善者呼ばわりしている文章を見かけた。(私は当事者ではなく、ただ見かけて読んだだけ)

偽善とはニセモノの善、つまり善人ではないということだが、相手が善人であるか悪人であるかは、二言三言、言葉を交わしただけでわかるものではない。
なのに何故この人は、注意した人をすぐさま「偽善者」だと決めつけたのだろう?
それは単純に「オレ様に文句があるヤツは気に食わない」と、偽善者という悪口を言ったに過ぎないのだろうか?(バカじゃない者にバカ!と言うように)
それとも本当に「道徳的なことを言うヤツは、善人ぶってるけどじつは悪人なんだ」と思い込んでいるのだろうか?

このようなやり取りはネットではよく見かける。悪をあらわにした人に「この偽悪者め!」とは言わないのに、善をあらわにした人には「この偽善者め!」と言う。
悪態をついた人も悪に見え、善を説く人も偽善に見えるのなら、その人は本当に哀れな人だ。自分も含め周りに善人がいないため、善が絵空事のように思えるのだろう。

たしかに偽善は多い。人を陥れる信仰宗教や、ボランティアを装った詐欺もある。テレビのチャリティー番組も金を集める有意義な企画ではあるが、制作者、出演者の中には見返りを期待してやっている者もいるかもしれない。テレビドラマでは、恋人への愛情は描いても本当の善心は描ききれていない。
アニメやTVゲームの中では善心はお馴染みのテーマだが、それだけでは本当に絵空事だ。

「善人なんてお話の中だけ。現実の人間は身勝手で、利己主義で・・・」それは半分は事実だが、善か悪かを人の行動から判断しようとするから迷いが生じる。
この人は善人この人は悪人と、はなから決め付けられるものではない。心の中に善心と悪心のどちらが多いかということと、それがどのように他人に作用しているかで判断するべき。
たしかに道徳観はどの人でもどの国でも同じというわけではないが、少なくとも道徳を唱えた者をすぐさま偽善者と称すのは、自らも善心なき者と称しているようなものだ。

本来ならこの世で最高の善心は親子の愛情であるはずだが、最近はそうではないケースが増えてきている。善が絵空事に思えるとすれば、やはり幼少期からズレが始まっているのだろう。
現実の付き合いでもネットの掲示板でも、一生懸命「偽悪」を演じている若者たちは、もしかしたら犠牲者なのかもしれない。
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by rukachas | 2006-07-28 22:28 | Net&Webの話 | Comments(0)
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