子供大好きRUKAの雑記帳
by RUKA
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子宝
赤ちゃん子を得ることを「子宝を授かる」と言うくらい、昔から子供は宝物のように大切だとされている。
だがこの大切だという感覚にも、大きく分けて二通りのパターンがある。

ひとつは「財産」としての大切さ。いつか、親である自分のためになってくれるであろうという、つまり将来のための備え、蓄えという意味での宝物。この場合は熟成されるまで長い目で見る必要がある。

もうひとつは「作品」としての大切さ。子供そのものに価値を感じる、愛着を感じるという意味での宝物。庭先の花を大切に育てたり、自分の描いた絵を大切にしていたり、そういうこと。
たとえば綺麗な富士山を見て、この景観を大切にしたいと思うのと同じ。

私は子供がいないのでもちろん前者の感覚は無い。子供が好きなのも甥や姪を可愛がっているのも、後者の感覚が強いからに他ならない。
秘められた能力、あるいは能力を発揮するであろう将来性、精神的な純真さ(良い子という意味ではない)、身体的な新鮮さなど、多くにおいて子供は大人以上の価値を秘めている。
「財産」という意味では大人以上の宝とは言えないが、「作品」という意味では子供はこの世で最高の宝と言えるだろう。

だが、宝物は得てして管理が面倒だ。突然現れたこの宝物に手を焼いて、捨てたり壊したりする者。他人の宝物を拝借し、御用になる者。たくさんの宝物の管理を任され、気が休まらない先生方。宝物を磨いているつもりで、じつは曇らせていることに気付かない大人たち。
そして宝物同士で傷つけ、傷つけられ、挙句の果てに自らをゴミ溜めに投棄する宝物たち・・・。

子供というものは大人のミニチュアでもなければ、大人の未熟なものでもない。虫や蛙が変態するように、子供は子供として完結しており、大人とは違う対応が求められる。
今まで大人が、子供の心や身体を「大人への成長過程」とみなし、未来の財産としての価値しか見出してこなかったツケが、宝を曇らせる者の出現や、宝自体の質の低下として表れてきているのではないだろうか。

あたかも居間に飾った絵画より、財産として倉庫にしまいこんだ絵画のほうが、より狙われやすく、傷みやすいように。
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by rukachas | 2006-12-23 20:50 | 子供の話 | Comments(0)
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