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「死なせた」と「泣ける」
悲しみの天使もう随分と前からだが、テレビ、新聞の事件報道でひとつ気になる表現がある。児童虐待などのニュースでよく聞く「死なせた」という言い方だ。
たとえば『頭を数回殴りつけ死なせた罪で...』『我が子を虐待し死なせた母親が...』と、このように表現していることが多い。

暴行して死なせた、放置して死なせた、熱湯をかけ死なせた・・・事件報道として、本当に「死なせた」という言葉で良いのだろうか?なぜもっと率直に「殺した」「殺害した」と言わないのだろう?
「死なせた」では、まるで子供が自ら死のうとしていて、そうさせたみたいではないか。あるいは全く予期しないところで、さも事故のように死に至ったかのようではないか。

もし「殺した」という言葉が直接的でお茶の間には耳障りだから、というのが理由だとしたら、マスコミは本来の役割を全うしてはいない。報道は、それが善いことであればその善さを、悪いことであればその悪さを十分に伝える必要がある。それがひいては同じ犯罪の抑止になったり、埋もれた犯罪を表に引き出す切っ掛けにもなるのだから。
子供を死に至らしめた背景に、食事を与えない、暴力を振るうなどの虐待があったのなら、それは「死なせた」ではなく、まぎれもなく「殺した」「殺害した」だ。こういう肝心なところは、オブラートに包んではいけないと思う。

そしてもうひとつ、こっちはちょっと砕けるけど、これも違うんじゃなぁい?と思ったこと。
『これは泣ける映画だ』とか『あなたにとって泣ける映画は?』なんてことをよく言うけれど、この場合「泣ける」って言い方、おかしくないかな?
「泣ける」というのはつまり「泣くことができる」ということだが、感動や悲しみによって心身に表れる現象が「泣く」であり、その時の精神的状態とも相まって結果的に起こるもの。だから「泣く」を目的にすることも、可能かどうかを決めることも何となくおかしい・・・と思う。(゜へ゜)

「泣ける(泣くことができる)映画」じゃなくて「泣いてしまった映画」って言うのが正解じゃないかなぁ。
明日はそんな、私にとっての「泣いてしまった映画 ベスト5」を書いてみるぞー。◎_(゜▽゜*)
by rukachas | 2005-02-03 22:55 | 言葉の話 | Comments(0)
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