
私は子供の頃、と言ってもたしか15、6歳の頃だったような気がするが、ドラえもんの道具でこんなのはどうだろう?と考えていたものがあった。
それは「もしこっちを選んでいたらどんな結果になったのか?」がわかる装置。
小さい子が考えるほど突拍子の無いものでもなく、ある程度リアルな設定を思い浮かべていた。
この装置は、少し前の出来事で行動しなかったほうの結果が、映像として映し出されるのだ。
たとえばいつも通っている道を通らず、ほんの気まぐれで迂回したとする。その結果、自動車に泥ハネされれば「うわ~こっち通らなきゃよかった」と思うだろう。
だが本当にいつもの道を通っていればイヤな目に遭わなかったのだろうか?この装置を使えばそれがわかる。
もうひとつの例としては、初めてパソコンを買う人がMacとWindowsのどちらを買うか悩んでいたとする。結果としてMacを買ったが、すぐに気に入らなくなり「Windowsにしとけばよかった~!」と嘆いた。
そんな人もこの装置で「もしWindowsを買っていたら?」を知ることができる。「Macにしとけばよかった~」と嘆いている姿が映し出されるというオチもあるが、それはそれで諦めもつく。
あくまでも過去の出来事に対してであり、しかも自分の行動による結果しか調べることができないので、タイムマシンのように過去を変えたり、これから起こることを事前に知ることはできない。よってギャンブルや宝くじの役には立たない。
あとから「こっち選んで良かった~!」となるか、「あっち選んでりゃ良かった...」となるか、それを知りたいという好奇心を満たす目的にしか使えない。あまり実用性はない。
実際にドラえもんの漫画やアニメにこういう道具が登場したかは知らないが、後悔先に立たずと言うように、自分がしなかったほうの結果を知りたいというのは、誰もが思うことではないだろうか?
だが、人間は人生の中でいくつもの分岐を越えて生きている。つまり選択肢の連続。大きい小さいはあれど、まるで迷路の中を歩いているかのように常に行動を選ばされている。
その選択により、場合によっては不幸な人生を送ったり、人を死なせることさえあるだろう。そんな大きな後悔を背負う人は、この装置を使いたがるだろうか?
「別なほうを選んでいたらどうなっていたか?」を知ることができないからこそ、人間は後悔の念に押し潰されずに生きていけるのかもしれない。
この装置がいかに馬鹿げているか、私がそのことに気付いたのは、若い頃の後悔を思い出として話せる歳になってからだった。