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ジュンで~す、長作だ、三波春夫であ~る
思いを綴るあなたは何か記事を書いて公表しようと思ったとき、文体をどのようにしようか迷ったことはないだろうか?
口語体でしかも普段のおしゃべりどおりの言葉で書くのが一番気楽だろうが、友人同士の交換日記ではないのだから、公的な読み物としてはちょっと頂けない。やはり文語体で書くべきだろう。

だが一口に文語体と言っても、これにも「です・ます調」と「だ・である調」がある。「...ということです」「...と思います」と書くのと「...ということだ」「...と思うのである」と書く、この違いだ。
数多くのブログも「です・ます調」で書いているものと「だ・である調」で書いているものとに分けられる。中にはこれに当てはまらないものもあるが、大まかに分けるとこの2つだ。それぞれ書き手の個性と関連があるかどうかはわからない。その作者が意図して文体を決定したなら尚更だ。私の場合 L.O.S. の中でもこのブログだけは「だ・である調」で書くことが多い。これも意図してのことだが。

「◯◯です」「◯◯ます」なんて良い子ぶってるみたいで堅っ苦しいよ、と思う人もいるだろうし、逆に「◯◯だ」「◯◯なのである」のほうが堅っ苦しいじゃん!と思う人もいるだろう。たとえば・・・

★「今日は休日なので買い物に出かけました。駅前まで行くと見慣れない看板。なんと、新しい牛丼屋がオープンしていたんです。でもすぐに潰れると思います」
★「今日は休日なので買い物に出かけた。駅前まで行くと見慣れない看板。なんと、新しい牛丼屋がオープンしていたのである。だがすぐに潰れるだろう」

この2つの文章を見て、あなたはどちらの書き手に好意を感じるだろうか?私はハッキリ言ってこの短い文章では分からない。「です・ます調」と「だ・である調」のどちらが良いかは、書き手によって決まると言うよりは、その時々での文章の内容、そしてどんな雰囲気でその内容を伝えたいのかによると思う。そのため私のサイトでは、今までコーナーによって使い分けてきた。

子供について真剣に議論するべき内容をコラムとして綴ってきた「独り言」のコーナーは、「だ・である調」では威圧的過ぎるし、堅苦しくもなり過ぎる。また内容が内容だけに個人的な考えを断言だと思われては困るので、基本的に「です・ます調」で書いてきた。(掲示板など、人との会話で「◯◯です」と言っているのは単に敬語だからであり、この理由とは違うよ)
そして雑誌感覚というか、ざっくばらんな文章の場合は逆に「です・ます調」のほうがお堅く感じるから不思議だ。そのため、思い付くままに気楽な文章を書いてきた「雑記ノート」のコーナーは、初めから「だ・である調」で書いている。「独り言」のような問題意識の喚起もなく、議論する内容でもなく、ただ単に日々の意識の記録として残すには「だ・である調」のほうが気分的にシックリきたからだ。(なんかアバウトだなぁ、他に言い方が見つからないけど)

先月から「雑記ノート」のコーナーをこのブログにしたのだが、結局「独り言」のコーナーと統合することにした。雑記は「だ・である調」、子供に関するコラムは「です・ます調」と決めつけているわけではないが、おそらく今後も気分的にはそうなっていくだろう。
内容によって文体がコロコロ変わっては、読むほうからすればブログのカラーが掴みにくいかもしれないが、そのへんはご了承願いたい。m(_ _)m
by rukachas | 2005-02-18 23:58 | 言葉の話 | Comments(0)
iPod shuffle 使ってみた Part2
c0039181_01496.jpgiPodをUSBに繋げると、iTunesのプレイリスト欄にピョコッとiPodのアイコンが顔を出す。あとはそこに手動でズリズリとコピーするも良し、自動で好きなリストからランダムコピーするも良し。
私はまず最初に、iPodで聴いてみたい曲だけを集めたプレイリストを作ってみた。iTunesのiPodリストにあるオートフィルというボタンを押すとランダム転送してくれる。このオートフィルはiPodと完全にシンクロしており、次回からは追加した曲のみを転送するので手間がかからない。(すべての曲を書き換えることも可)

とりあえず100曲ほど転送してみたが、まだ空きが半分ほどある。一応仕様表には1曲4分として128kbpsだと120曲入るとなっているが、私が転送した曲は96kbpsとサイズが小さいので、まだまだ多めに入れられそうだ。
iTunesのMP3変換はハッキリ言ってあまり音質は良くない。私はずっとLAMEエンジンのフリーウェアを使ってきた(Mac版の「こかこ~だ」ってやつね)。だがAACの質がかなり良いので、iPod専用としてCDからAACにエンコードし直してみようかとも思っている。
普段MP3を聴いている人は、一段レートを下げたAACも聴いてほしい。たぶんそうは違わないはずだ。それでいてファイルサイズは7割ほどなのだから、エンコードするなら断然AACがオトク。もちろん音にこだわる人には128kbpsでも物足りないだろうけどね。(分かってるとは思うけど、MP3からAACに変換しても音は良くならないからね~)

100曲を詰め込んでバッテリーも緑ランプ点灯のフル状態。今日はこれを胸ポケットに入れ、仕事場に持っていった。かなりうるさい場所なのだが、私の場合は周りの音をあまりシャットアウトしないほうが都合が良い。その点では付属のヘッドホンは合格点だが、やはり少々高域のヌケが悪い。周りがうるさいので余計にこもって聴こえる。そのうちヘッドホンだけ別に買ってみるか・・・。
だが本体側の音質は他のiPodと遜色無いようだし、音飛びしない分、動き回ってのリスニングにはこっちのほうが適しているだろうね。驚くほどの軽さだし。

今日は服の内側に入れて、服越しにボタンを操作していたのだが、あまり分厚い生地でなければ音量や曲送りなどのボタン操作もできないことはない。だが途中で電源を切りたいときやリセットが必要なときは(実は今日、一度だけリセットが必要な状態になった)背面のスライドスイッチを動かさなければならないが、これが服越しだとツルツルとすべってしまい、まったくスライドできない。簡単に動いて知らずにOFFになってしまっては困るが、溝を数本付けるか、小さなくぼみを付けてほしかったというのが正直なところ。デザイン的には不評になりそうだけどね。

容量に関しては、最初は512メガでは少ないかなと思っていたのだが、実際使ってみると私には十分だということが分かった。iPodもソニーのHDDウォークマンも数十ギガものディスク容量をウリにしているが、単純に音楽プレーヤとして使うのなら、どうせ定期的に充電のため繋ぐわけだし、そのときにiTunesで曲を入れ替えれば良いので、べつに数千数万もの曲を常に入れておく必要はない。200曲ほどしか入らなくても、シャッフルして聴いていれば毎日新鮮だし、飽きたら総入れ替えすればいいことだし。

c0039181_014847.jpgiPodの対抗馬としてソニーのHDDウォークマンがあるが、Appleのデザインセンスはやはり飛び抜けているといえるだろう。HDDウォークマンは良くも悪くもメカだ。あの懐かしいカセットテープのウォークマンを思い起こさせる。
では既成概念を抜きにしてどちらの外観が好かれるのか?ここでうちのハムちゃんにご登場願おう。iPodとHDDウォークマンの写真を印刷して床に置いた。さて、ハムちゃんはどちらがお好き?

c0039181_015841.jpg


【後日追記】
付属のヘッドホン(イヤホン)は少々高域の抜けが悪く、こもり気味・・・なんてことを書きましたが、これは訂正します。しばらく使ってみたら高域もクリアになり、低域から高域までバランスのとれた良い音になってきました。
これは原因としては、振動板が程よくエージングされた。私の耳の穴がこのイヤホンに馴染んできた(ピッタリはまるようになった)。最初は付属のスポンジカバーを付けていたので、それで聴いた第一印象が強かった。
ということだと思います。今では結構良い音で鳴っているので、買い替える気はありません。(゚▽゚*)
by rukachas | 2005-02-17 23:55 | iPod&iPad&iPhoneの話 | Comments(0)
iPod shuffle 使ってみた Part1
c0039181_2251232.jpg本日やっと手に入れる事ができた iPod shuffle。(@゜▽゜)_□
予約したのが先月の末だからその間2週間ちょい。まぁ早かったほうかな。

パッと見た感じはまさにフリスク。コンビニなどで売ってるミントのタブレットあるっしょ、アレね。できれば梨地とまではいかなくても、もう少しサラッとした手触りが欲しかったなぁ。ツルツルテカテカで指紋や汚れが目立つのはバツ。でもキータッチは悪くないし、このクラスにしてはシッカリ作ってあるなという印象。ズボンの後ろポケットに入れておくのはやめておいたほうがいいだろうけどね。

さてさっそく使ってみようと、USB端子に接続してみた。これで自動でiTunesが起動して認識する・・・はずなのだが、何故かちっとも認識してくれない。え~っいきなりトラブル発生?バッテリーは十分なようだし、物理的な接続もOK。iPod shuffle用のドライバは先日システム環境設定のソフトウェアアップデートでインストール済みだし、ん~なんでやねんっ!
どうも、ディスクとしてはマウントされているのに、iTunesが認識していないようだ。iTunesの環境設定のiPodの項目には「iPodが接続されていません」と出ている。

10分くらい考え込んでしまったが、結局はなんてこたぁない、使っているiTunes 4.7がiPod shuffleに対応していなかっただけだった(4.7.1から対応したらしい)。AppleのサイトからiTunes 4.7.1をダウンロードしてアップデート。これで正常にiTunesとiPodの連携がとれるようになった。
それにしても何故ソフトウェアアップデートには、iTunesのバージョンアップが通知されなかったんだろう?今までずっとiTunes本体もソフトウェアアップデート経由でインストールしてきたので、てっきり最新になっていると思っていたのだが・・・。

おっと閑話休題。iTunesとiPod shuffleとの連携はレスポンスも良く、USB1.1での転送もさほど遅さは感じない(1.1なのはうちのMacであり、iPod shuffle自体はUSB2.0対応)。前面の丸いボタンはコリッコリッと適度な硬さで良いと思うが、背面のスライドスイッチの感触はビミョ~だ。とくに中間点のクリック感がイマイチ。親指でスライドさせた時に人さし指で前面のボタンを押してしまうこともあり、もう少し下側に付いていたほうが良かったのではないかと思う。

しかし1万そこそこにしては全体的な質感はかなり良く、何よりその軽さが気に入った。同じ大きさの電池より軽いんじゃないかなぁ。胸ポケットに入れておいたらつい忘れて、そのまま洗濯機にポイしてしまいそうだ。
付属ヘッドホン(インナーイヤー型)のコードの長さも、私にはちょうどよかった。だが音は若干太り気味というか、低域の豊かさに比べて高域のヤセが目立つ(音だから耳立つ...?)。耳当て部分のスポンジカバーは4つ付属していた。

今日はまだ手にしたばかりなので外観レポートになってしまったが、明日はジックリと使い込んでみようと思う。この記事も明日に続くっ!ヾ(*'-'*)
by rukachas | 2005-02-16 22:52 | iPod&iPad&iPhoneの話 | Comments(0)
幼から老までスキルアップ
オフクロのiMac私がオフクロにパソコン(Mac)をプレゼントしたのは6年前。ボケ~とならないよう頭と指先の運動のため、そして新しい娯楽に触れてほしいとの思いで・・・。

最初の数年間は日記や住所録など、家族の記録付けとして使っていたオフクロだが、ソフトの操作も初めからスムースにできたわけではない。MacなのでWindowsよりは憶えやすかったと思うが、それでも最初の頃は「ウインドウのクローズボックスをクリックしてウインドウを閉じる」というこの単純な作業でさえ10数秒もかかっていたほどだ。
ナメクジのごとくゆっくりと動くマウス。次の動作に移るまでの数秒から数十秒間もの人体フリーズ。教えても教えても返ってくる同じ質問。1時間付き添って、憶えてくれることはたったひとつ・・・。シニアを対象としたパソコン教室があるが、私もそんな講師の苦労が身にしみて分かった時期だった。

だがそんな苦労もどこへやら。今ではキータイピングもマウス操作もとても上達し、ここ数年は私がそばに付いて教える必要もほとんどなくなった。
とくにマシンをiMacに変更し、ネットをブロードバンド化してからはそれまで以上によく使うようになり、今では日記だけでなく日常の調べものから読み物などの娯楽、気に入ったウェブページの印刷までもこなし、確実にこの緑のiMacを実用品として役立てている。オフクロ自ら「今このパソコンがなくなったら困る」と言っているほどだ。

私としては、オフクロのMacは孫たちのものでもあるという前提で考えていた。つまり「オバアチャンと孫たちのパソコン」という認識でいたわけだ。だからエデュテイメントソフトもゲームソフトも入れてきたし、孫たち専用のフォルダも作った。
どの孫もみなうちへ来ると、このMacでお絵書きソフトや学習ソフトを楽しんできた。5番目の孫にいたっては「らすたぁちゃんとあそぼ」というエデュテイメントソフトによって、3歳までにひらがなカタカナアルファベット数字がすべて読み書きできるようになったほどだ。他にも動物や植物の名前など、ここから吸収したことは結構多い。

このようにずっと幼児教育にも使ってきたわけだが、もう孫たちも大きくなったし、その役割は一応終わったと見るべきだろう。オフクロもあれこれ自分で使えるようになり「私のパソコン」という愛着が出てきたようだし、そろそろ「オバアチャンと孫たち仕様」から「オフクロ専用仕様」に戻そうかと思っている。
とは言っても、子供用のソフトを全削除するのはマズイだろうから、勉強や情操教育になりそうなソフトと、ちょっとしたゲームソフトは残すつもりだ。ネットがあれば不自由はしないだろうからね。

孫たちもオフクロも、幼も老も、このiMacのおかげでスキルアップしてきた。明日はこいつに感謝を込め、1年ぶりのメンテナンス&カスタマイズだ。
まだしばらくは長生きしてもらいたいから(iMacがだよ)、念入りに労をねぎらうことにしよう。
by rukachas | 2005-02-15 23:35 | Mac&Winの話 | Comments(0)
バレンタイン・ゲーム
ゲームに夢中バレンタインデーに小学校で殺人事件・・・しかも犯人は17歳の卒業生。
バレンタインデーでしかも月曜日ということで、男性による何かしら鬱病的な事件が起こるのではないかと思っていたが、まさかまた小学校でとは・・・。

ニュースでは盛んに「犯人はテレビゲームばかりやっていた子」という一面を強調している。ゲームが彼の人格形成に影響を与えたのかどうかは定かではないが、関係者らの証言を聞く限りでは、不登校や社交性の欠如の一因になったことは確かだろう。
テレビゲームの影響というと、ゲーム脳といわれる大脳への影響ばかりが取りあげられるが、他の事をしなくなる、夜更かしをしがちになる、時間を守らなくなるという間接的な影響もある。
「うちは時間を決めて、長時間やらせていないから大丈夫!」と思っている親も、友達の家でもやっていることや、携帯ゲーム機の存在を忘れてはいけない。

また親は、子供がゲーム機を操作している時間(実質上のゲーム時間)だけで是非を判断しようとするが、それは間違い。ゲームの攻略本が飛ぶように売れるのは何故なのか?ゲーム関連のグッズが人気なのは何故なのか?それは子供たちにとって(一部の大人たちにとっても)生活の中にゲームの世界が深く浸透していることを表している。
テレビゲームは本来、生活の中での息抜きや、ちょっとしたビデオ鑑賞のようなものであるべきだと思うのだが、そこに操作すなわち作業という行為が加わる事で、生活との一体感、つまり自分の中での重要度を上げてしまい、結果的に生活がゲームに縛られてしまうというわけだ。

私の中学2年の甥っ子が、現在まさにゲームに夢中な状況。これは小学生の頃から続いてきたことではあるが、まわりの様々なことに興味を示すであろう多感な時期になっても、相変わらずゲーム一辺倒の場合は、親は「今が危うし!」と認識すべき時だろう。私もここ数年は気が抜けないなと思っている。

アルコール依存症、タバコ依存症、薬物依存症、ギャンブル依存症、ゲーム依存症・・・たくさんの依存症があるが、すべて提供している側は「消費者(お客)の使い方しだい」という認識でおり、罪を問われることはない。
しかし子供が使っているゲームだけはそうは言っていられない。基本的には家庭のしつけの問題なのだが、間接的にせよ子供の心身に悪影響があるのであれば、メーカーは何らかの措置をとる必要があるだろう。(ソフトの年齢制限だけでなく、ハード的な時間制限機能、管理者への通知機能などなど)

まぁどんなものも、夢中になり過ぎるのは良くないね。( ̄ー ̄)y-~~~~
by rukachas | 2005-02-14 23:58 | ニュースの話 | Comments(0)
我が子だったら手も出す口も出す
オニ連休中の3日間、甥と姪が泊まりにきていた。
節分はとっくに過ぎてしまったが、私もたまには鬼の顔で苦言を呈す。

世の中にはこんな子がいる・・・。
自分のモノは大切にするのに、他人のモノは気にも留めない子。
モノの扱いが粗雑で、力を加えることや汚すことに躊躇がない子。
思考範囲が距離的にも時間的にも狭く、現時点の自分しか認識できない子。
他人の心情を推し量らず、自分を客観視できない子。
理解できない事柄に関して、運任せや神懸かり的な思考をする子。
自分に対する要求が、すべて要求する人のワガママだと思う子。
自分に対する規制が、すべて規制する人のイジワルだと思う子。
やる、やらないを損得で決め、他人の得は自分の損と考える子。
自分自身の欲求に対しても、他人への依存心で対処しようとする子。
自分の欲求を他人が迷惑と感じる場合、その他人を異端視する子。
欲求と抑制のバランスがとれず、それがストレスになる子。
不都合、不具合を他人のせいにし、自分を被害者として哀れむ子。
他人のことは気になるのに、他人がどう思うかは気にしない子。

この中のいくつかは私の甥っ子にも当てはまる。これは子育ての問題。
そして私の親父にも当てはまる。これは人間性の問題。
その差62歳。ジイチャンと孫で似た者同士とは...。(*ー"ー)

あなたのまわりではどうかな?
by rukachas | 2005-02-13 22:58 | 子供の話 | Comments(0)
野球とサッカー
ボール君サッカーのワールドカップ予選で世界中が盛り上がる中、日本ではスカパー(SKY PerfecTV!)と日本プロ野球選手会が手を組んで、なんとか野球界を盛り上げようと頑張っているらしい。
だが、野球界がどんなに頑張ったとしても、このサッカー人気に追い付くことは到底できないだろう。競技人口もファン人口も、それにまつわる金額も桁違い。世界ではまだまだ野球はマイナースポーツだ。

それは何故か?私は野球というゲームのルールに問題があると思っている。
ほとんどの球技が、ボールがゴールに入るか決められた地点に付くかで得点となる。ところが野球だけは選手が1周してホームベースを踏んで初めて点が入るという、球技にしてはちょっと変則的なシステムだ。
選手の凄さは、送球力だったり打撃力だったりボールさばきだったりするわけだが、ボールの挙動が「直接」点に絡まないところに、選手の強さやゲームの面白さが伝わらない原因があるのではないだろうか。個人的には、ボールが飛んだ入ったという瞬間が、点が入った瞬間であってほしいものだ。

また、野球ではスピード感が持続せず、ランナーが走っているとき以外は比較的淡々としているので、そのへんでお客さんを飽きさせないようにとの配慮で、乱闘なり抗議を多少容認するようにもなったのだろう。あまり誉められたことではないが。
しかしファン同士の乱闘が少ないところはサッカー界が見習うべきところだし、逆にサッカーでの、選手入り乱れての乱闘が少ないところと、審判の絶対的な厳格さは、野球界が見習うべきところだ。

サッカーは将棋、野球は双六に似ているが、どちらも古くからの日本人の娯楽。結局どっちが優れているということはなく、それぞれに楽しみ方があると思うのだが、個人個人に合う合わないというのは事実としてあるだろう。

だがふと思った。面白さを感じないスポーツは、もしかしたら「つまらなさが解る」とは解釈できないだろうか?
つまり、サッカーの面白さが解らない人は「サッカーのつまらなさが解る人」なのかもしれないし、野球の面白さが解らない人は「野球のつまらなさが解る人」なのかもしれない・・・ということ。

私はいったいどっちなのだろう?
サッカーの面白さが解り、野球の面白さが解らないのか?
それとも、野球のつまらなさが解り、サッカーのつまらなさが解らないのか?
それとも・・・う~ん混乱してきたぞ。(@д@)
by rukachas | 2005-02-12 23:47 | スポーツの話 | Comments(0)
手軽さと価値観
聴きたい曲をリクエスト今日はうちに小学生と中学生の甥っ子が泊まりに来ているので、この雑記もジックリ書く暇がなかった。
とりあえず気付いたことを書いてみよう。

中2の甥っ子は最近 PSP(プレイステーション・ポータブル)を買ってもらったらしく、早速持ってきて私に見せてくれた。ソフトがまだひとつしか無く、しかもとっくにやり尽くしてしまったため、今はあまり使っていないみたいだが...。

小学生の頃から小遣いが出る度にゲームソフトを買っていたこの子も、音楽CDは1枚も買ったことがない。あまり音楽の話もしないし、好きなアーティストもいないという。まだまだ音楽を聴くという行為には、あまり価値を感じていないのかもしれないね。
だが男の子は昔から往々にしてそのような傾向があるものだ。女の子のほうが、小学生のうちからCD買ったりコンサート行ったり、好きなアーティストがいたりするよね。高校生くらいになると差はなくなるけど。

まぁでも、PSPは音楽プレイヤーとしても使えるので、甥っ子もそのうち音楽を持ち歩くようになるだろう。同じように、携帯電話を持ったことで音楽が好きになった、という子もいるだろうし、iPodをはじめとしてiPodもどきも巷にあふれ、誰もが好きなときに簡単に音楽を楽しめる時代になった。

こんなふうに音楽への取っ掛かりが増えたのは、喜ばしいことじゃないかなぁ。昔は持ち歩くといっても、ラジオかラジカセしかなかったからね。それに「あの曲が聴きたい!」と思っても、レコード店に売ってなければラジオ局にリクエストハガキを書くしかなかった。今はネットで即ダウンロード。

いい時代になりました。逆に、1曲1曲の価値は下がったのかもしれないけれど・・・。
by rukachas | 2005-02-11 23:54 | 音楽の話 | Comments(0)
神々の音楽
平沢アルバム今、BGMは平沢 進の「RIDE THE BLUE LIMBO」
iTunesによってランダムに選択された音楽データは、アナログ信号に変換され目の前のボロスピーカーを奏でている。
どの曲が選択されようともハズレが無いのが平沢氏の音楽、そして歌声。まるでオムニバス映画のように、新たなドラマが展開されていく。

平沢 進というアーティストを知らない人、手を挙げて!
・・・おお、結構いますねぇ。(' ' ;)
L.O.S.の「My Favorite」というページに私が平沢さんの音楽について書いた一文があるのでぜひご覧ください。
このブログのサイドバーにも平沢さんのアルバムジャケットを並べていますが、クリックするとAmazonのページに行けるので、もし気に入ったら購入しましょう。

えっ?聴いてみないとわからない?そりゃあそうだ。( ̄▽ ̄;)
じゃあ、↓で無料ダウンロードして聴いてみましょう。

☆ オフィシャルで一部の曲が無料ダウンロードできます。

↑はすべて無料なので、安心してジックリ何度でも聴いてね。
どうですか?初めて聴く平沢サウンド、気に入ったかな?
「こんな曲生まれて初めて聴いた!」っていう人も多いんじゃないかな。
宇宙的壮大さと人間的優しさにあふれた平沢 進さんの音楽。何度も聴いて歌詞を憶えたら大声で一緒に歌ってみよう。それだけでトリップトリップ!

今日は宣伝しているような文章になっちゃったけど、宣伝というより紹介。
自分が感じているイイキモチは他人にも味わってもらいたいからね。(^-^*)
by rukachas | 2005-02-10 23:27 | 音楽の話 | Comments(0)
シンクロニシティ
シンクロもう20年以上も前、あのYMO(細野晴臣、坂本龍一、高橋幸宏の3人によるテクノポップユニット)がFM放送の音楽番組に出演したとき、細野さんが他の2人に「モノにはなぜ名前があるの?」と哲学的な問いかけをしていた。たしか坂本氏が出した結論としては、識別のためと・・・あと何だったかなぁ?うろ覚えなのでハッキリとは思い出せない。

モノにはなぜ名前があるのか?という問いに対しては、私は「人に意識してもらうため」だと思っている。つまり人が名前を付けるのは、それを意識したいからではないだろうか。単に識別のためだけでなく。
だからこそ自分の子供が産まれるともなれば、それを特別なモノとして意識したいから、辞書と首っ引きで何週間も頭を悩ませるのだ。

私にもそうして付けられた名前がある。さほど珍しくもないが、かといって在り来たりでもない漢字一字の名前が...。芸能人で同じ名前(漢字も読みも)の人は、私の知る限りでは1人もいない。
さらに私の名字はというと、多い順の全国ランキングでは600番以下とかなり少なめだ。そのためか幼稚園から高校まで、在学中に私と同じ名字の人は1人もいなかった。

そんな私の本名を試しにGoogleで検索してみたら、13件しかヒットしなかった。(ちなみに田中一郎だと14,800件、鈴木一郎だと17,800件もヒットした)
それほど多くないはずの私の名前だが、過去に一度だけ同姓同名の人間に会ったことがある。しかしそれは、今考えてみてもまさに不思議としか言い様がない、奇妙な出会いだった。

あれは私が小学4年生の頃。当時患っていた腎臓病の検査のため定期的にオフクロと市内の病院に通っていたのだが、その日は尿検査があったので尿を紙コップに入れて提出し、待合室で結果が出るのを待っていた。
ところが少しして、医者や看護婦さんたちのいる場所が慌ただしくなってきた。なんだか戸惑っている様子だ。しばらくして呼ばれたら、そこには私とオフクロの他にもう一組の母子がいた。子供は私よりも年下で、1年生くらいの子だった。

なんとその子、私と全くの同姓同名。しかも同時に尿検査を受けたため、尿の入ったコップも検査表も同じ名前のものが2つずつあることで、院内が混乱していたらしいのだ。とりあえず尿を提出したわずかな時間のずれで、取り違えることなく検査は無事に終わったが、病院側も双方の親もみな驚いた出来事だった。

つまり、Googleで検索しても13件しかヒットしないような非ポピュラーな名前をした、漢字も読みも全く同じな同姓同名の子供どうしが、同じ市内に住んでいて、ほぼ同時期に同じ病気にかかり、同じ病院の小児科に通院しており、同じ主治医のもと、同じ日の同じ時間に母親に連れられやってきて、同じ時間に尿検査の尿を提出して同じ待合室にいた・・・。

このような偶然は一生のうち一度あるかないかだと思うが、偶然で片付けるにはもったいない思い出だ。モノのネーミングが商品の流通を左右するように、もしかしたら人のネーミングも人生を左右するものなのかもしれない。
あの同姓同名の子も、もうイイ歳をしたオッサンになってるんだなぁ。今頃はどこで何をしているのかなぁ?
・・・なんて、向こうも思ってくれていたら、嬉しいな。(^^)
by rukachas | 2005-02-09 22:17 | Comments(0)